私の見ている色
私が色覚異常だと言うことがわかると、そうでない人はすぐ手近にあるモノ
を指して「それじゃこれは何色に見えるの?」と訊きます。当然の疑問だと思い
ます。
たとえばその人が郵便ポストを指してそう尋ねたとします。色覚異常と言っ
ても「白黒」なわけではなく、私にもそれはある色に見えています。そしてそれ
は色に名前のついている絵の具やインクの「赤」と同じ様な色です。その色は「
赤」と呼ぶものだと幼児期に教え込まれているので、私はポストの色も「赤」と
言います。あなたはポストが「赤」だとなぜ言えますか? たぶん私とおなじよ
うな経験からではないでしょうか。他の色も同じように、私の見る色はそれぞれ
の色名と対応しています。
それじゃ何が異常なのでしょう。何が不自由なのでしょう。
色は周波数の異なった光線の混ざり具合によって変化するものなので、あら
ゆる色は連続しています。黄色-黄緑の間には、黄色か黄緑かわからない色が存
在します。わずかに違うだけの色は誰にとっても見分けにくいのが当然です。
私たちの場合、正常な人には非常に見分けやすい色同士なのに、似通った色
として見えている色があるのです。赤と緑というのは正常な人にとっては正反対
の色で、混同することは無いらしいですが、私の場合はある種の赤と緑が非常に
見分けにくい時があります。「ある種の・・・時があります。」と書いたのは、
赤と緑が全然見分けられないと言うことではないからです。たとえば交通信号な
どは容易に判別できます。でも非常に暗い赤と緑、薄いオレンジと黄緑などは判
別しにくいのです。
私は花見は好きですが、紅葉狩りはあまり好きではありません。紅葉はなん
だか茶色であまりきれいに見えないのです。なぜあんなに茶色いモノを見にわざ
わざ出かけていくのだろうと思います。緑の山の中で紅葉はそんなに浮き出て見
えないわけです。
その点桜の花は、とても輝いています。ところがその桜の見え方にも最近疑
問が出てきました。色弱の子供は桜を灰色に描くと言う話を聞いたからです。そ
ういえば私に桜がきれいに見えるのは、桜がとても「白く」輝いているからなん
です。灰色と言われればとても白い灰色のようにも見えます。薄いピンクは灰色
に近くなるのです。像をピンクに描いた子供の話もあります。私にはその子供の
気持ちが分かります。灰色とピンクの違いはわかるのですが、明度と彩度によっ
ては似てしまうのです。
MAY 31, 1998
マゼンタ