AIR 「頬をつたう涙と笑顔に その一 −ある日−」
--------------------------------------------------------------------------------
ごしごしごし
俺は精一杯の力をふるって、念入りに廊下のモップがけをする。
「ほらほら、向こうの下駄箱も汚れているぞ」
俺が掃除しているこの診療所のボスであり、極悪医師でもある聖が
鬼のように人をあごで命令した。
「・・・誰が極悪医師だ」
聖がこちらをじろっとにらみつける。
どうやら声に出してしまったようだ。
「何の罪も無い人形使いを毎日のようにこき使う事を
人は極悪と言うんだぞ」
「君はいつも暇そうではないか」
いつもながら聖の言葉には、容赦と言う言葉がなかった。
「だからこそ今日は稼ぐつもりだったんだ。
幸い、今日はそれほど日差しは強くはないからな」
最近本格的に夏が訪れたのか、日増しに日差しは強くなってきていて、
人形芸をして生計を立てているこちらには、この暑さは死活問題となっている。
暑い中、商店街を歩こうなんぞと言う変わった輩はなかなかいないからな。
「日差しがどうとかいうより、私には君の芸が問題があると思うが」
・・・・・痛い所をつく医師である。
観鈴と似たような事をいいおって・・・・
「この町の人には、まだ俺の芸はなじんでいないだけだ」
「君の芸を高く評価している人が今までいたのか?」
ストレートに失礼な事を聞く聖。
まったく、今まで俺はこの芸で食ってきた人間なんだぞ。
思い出すな・・・今までの人達の人形芸を見た後の顔を・・・・・
・・・・・・・・・・・・あれ?あんまりすごいって思われた事は・・・
「・・・・・まあ人それぞれだからな」
「何故、あからさまに私から目をそらす」
「目をそらしたい年頃だからだ」
「どういう年頃だ!だいたい君は私とそれほど歳は変わらんではないか」
「嘘はいかんぞ、おばさん」
「・・・・・・・・・・・」
無言ですっとこちらにメスを四本かまえる聖。
「ほとんど変わりませんね、お姉さん」
「うむ。では頑張って、掃除を続けてくれ」
「はいはい・・・・・」
俺はモップを手にとって、廊下をごしごしと磨きながらふと気づく。
「おい、聖」
「何だ、人間掃除機」
・・・・また妙な名をつけられてしまった。
「あんた、ひょっとして暇つぶしに俺で遊んでないか?」
「ようやく気づいたのか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何もなかった事にして、俺は診療所を出ていくことにした。
「こらこら、まだ下駄箱の掃除がすんでないぞ」
「俺は帰る。金を稼がないとこの先生きていけん」
「外で芸をしても日射病になるのが落ちだと思うのだが」
・・・・・・余計なお世話である。
俺が手にしていたモップを元どおりに片付けようとしたその時!
バン!
いきなりものすごい勢いで傍の入り口が開き、俺はもろに衝突した。
ぐ、ぐぐ・・・な、何でいきなり・・・・・・
「ただいま、お姉ちゃん!」
「ぴこぴこ〜」
扉にぶつかって倒れた俺の背中を踏みつけて、佳乃
この診療所の名物コンビ−佳乃とポテト−が帰ってきた。
「こら、いつも静かに入ってきなさいと言ってあるだろう、佳乃」
「う・・・ごめんなさい〜」
「ぴこ〜」
少ししんみりとした声色だったので、聖も言い過ぎたと思ったようだ。
少し柔らかい口調になって二人(?)に言った。
「まあ分かればそれで良い。それより国崎君が来ているぞ」
「ええ、本当!?どこどこぉ〜?」
「ぴこぴこ〜♪」
そう言いながら人の背中を歩きまわる一人と一匹。
俺はそいつらの足首をつかんだ。
「お前らの・・・・足の下じゃーーー!!」
俺は立ち上がり様に、佳乃は軽く転ぶ程度に、ポテトは思いっきり投げ飛ばす。
佳乃は床に膝をつき、こちらを見上げて苦笑いをした。
「ゆ、往人さん、そこにいたんだ。びっくりだよぉ〜」
「・・・・・・・・・・・」
俺は黙って佳乃ににじり寄る。
「は、ははは〜、往人さん、そんなに恐い顔しちゃ駄目。
人間、笑顔が一番だよぉ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺は一言も返答せず、口元を歪めた。
「う、うう・・・・往人さん、すごく恐い笑顔になってる。
もう深夜の学校の花子さんもあごを外して、さあ大変だよぉ〜」
・・・・額に汗を垂らしながらも、笑顔で訳の分からないことを言う佳乃。
俺はため息を吐いて、やれやれとばかりに首を振った。
「ひょ、ひょっとして突き飛ばした事、怒ってる?
じゃ、じゃあ今日は君を「名誉の負傷を負った戦士一号さん」に決定!」
「・・・・・じゃあお前は二号さんだな」
「あうう・・・・」
さて、どうやってお仕置きしてやろうか・・・・・・
などと考えあぐねていると、右足に妙な感触が生まれる。
「ぴこぴこ!」
足元を見ると、ポテトが俺の足をがしがしと噛んでいる。
どうやら俺が佳乃をいじめているとおもってやっているのだろう。
まあ、ちょっと脅して楽しんでいた事には変わりないが・・・・
「俺が佳乃をいじめていると思っているのか?」
「ぴこ!」
そうだとばかりにポテトは頷いた。
犬が頷くというのも珍しいが、まあポテトは珍生物だからな。
「安心しろ、何もするつもりはないって」
「え、本当ぉ?」
恐る恐る横から佳乃がたずねてくる。
「当たり前だろ。ここには何がなんでも妹を守ろうとする
人体改造医師がいるからな」
「・・・・・それは私の事か?」
「当然だ・・・・・いえ、訂正します。
可愛い妹さんを温かく見守る優しいお医者さんがいますから」
「うむ、そんなところだろう」
そう言って、取り出したメスを再び聖は懐にしまった。
ふう、危ない所だった・・・・・・
「そういう訳だから、お前も足を離せって」
「ぴこ♪」
納得したのか、ポテトは俺の足を噛むのをやめて離した。
俺はそんなポテトをむんずとつかんで、傍の窓を全開にする。
「俺の代わりに明日の生活費を稼いでこ〜〜〜〜〜い!!!」
俺の華麗なスイングで、ポテトは青空に消えていく。
さよならポテト。君の事は忘れない。
「まあどたばたはこれで終了にして、昼にしようか」
「うん!あ、往人さんも食べていってよ!」
心から歓迎とばかりに、佳乃は俺に笑顔を見せる。
「そうだな、今日の掃除をしっかりやってくれた礼だ。君も食べていってくれ」
・・・・正直、申し出はありがたかった。
腹も昼時でかなりすいているし、聖の料理は一流である。
だが・・・・・・・
「せっかくだが、今日は先約があるんだ」
「先約?」
「ああ、すまない」
約束やぶったら、あいつがうるさいからな・・・・・・
俺は心の中でそっと苦笑した。
<その二 −駅前−に続く>
--------------------------------------------------------------------------------
戻る