AIR 「頬をつたう涙と笑顔に その十九 −熱帯夜−」




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「往人くん、大丈夫ぅ〜?」

「と、とりあえずはな・・・・」


 長い昼の時間が終わり、外もすっかり暗くなった。

虫がさざめく田舎道を、俺は気力で歩いている。


「びっくりしたよ。いきなり悲鳴を上げたから」

「・・・お行儀が悪いですね・・・」


 明るい声の主・霧島佳乃に平然とした声の主・遠野美凪。

片田舎の人通りのない夜道をそのまま帰らせる訳にもいかず、渋々俺は家まで送る事となった。

本当は観鈴も同行させたかったのだが、あいつは食事の後片付けの為に家に残っている。


「美味しかったね、御飯」

「・・・皆で作る料理は格別です」

「・・・何かお前らの安全の為に頑張っている俺が空しくなって来た・・・」


 観鈴・佳乃・美凪の三人で作った夕御飯。

アイデアは悪くなかったと思う。

そもそも学力向上以外の目的でも、来てもらった二人である。

観鈴との親交を深める為に、一緒に何かをするのはとても大切だと思う。

幸いなのか、原因があるのか、観鈴に例の症状は出なかった。

一緒に勉強している時や御飯作り中などハラハラしたが、問題は全然なかった。

ひょっとしたら改善されたのかもしれないが、楽観は出来ない。

簡単に治るのなら、観鈴や晴子が深刻になったりはしないだろう。

ま、今日の問題点はその食事になるのだが―――


「・・・お前ら、本当に美味しかったのか?」


 本日の献立:カレーライスに野菜サラダ、おかず数点。

献立は悪くはなかった。

カレーも嫌いではなく、むしろ大好きである。

旅をしていた時と比べると、ご馳走といっても過言ではない。

基本的に好き嫌いはないので、野菜だって平気で食べられる。

生で食べた経験も数え切れない程だ。

問題なのは献立ではない。

その質にあった――


「ええっ!?
美味しかったよねぇ〜?みーさん」

「・・・花丸です」


 本当か?本当なのか、お前ら?

心の底から訴えかけたかったが、二人の浮かべる笑顔が何より物語っている。

少なくとも―――俺は駄目だった。


「ぴこぉ・・・・」


 そして、もう一匹も――

俺の足元を歩く今日の戦友は、帰るのも大変とばかりにふらついている。

一応全部食べた俺だが、こいつは途中で気絶したからな・・・

全部食べろと強制するのは無理だった。

俺も鬼じゃない。


「よく頑張ったな。立派だった」

「ぴこ」


 心から賛辞を送ると、ポテトは何も言うなとばかりに頷いた。

・・・何か今日、俺とこいつはいやに仲良くなっている気がする。


「?どうしたの、往人くん?」

「・・・・何か?」


 俺の視線に気づいてか、二人は揃って首を傾げる。

人間じゃないポテトにまともな味覚はあるのに、どうして人間のこいつ等にはないのだろう?

あれが美味しいと言える時点で人間じゃない。

一言で言うと、吐き出しそうだった。

舌にここまで最悪に残るなんて生まれて初めての経験である。

折角初めての共同作業に水をさすのはまずいと思って、根性で食べ切った自分を誉めてやりたい。


「・・・はあ・・・ふう・・・」


 俺は息を吐いて少しでも体を楽にしようと、一歩一歩進んでいった。

夏の夜は変わらず今日も蒸し暑いが、日が沈んだだけましである。

この状態で真夏の日光を浴び続けていたら、三分持たずに失神する自信がある。


「本当に大丈夫?何だったら、お姉ちゃんに頼んであげようか?」

「聖に?」


 顔を上げて尋ねると、佳乃は満面の笑みを浮かべて頷いた。


「お姉ちゃん、お医者さんだもん。
往人くん、すぐに元気になれると思うよ!」

「・・・・心の底から遠慮させてもらう」


 聖に診てもらう位なら、倒れたほうがましだ。

確かに、あいつの医者の腕は俺は知らない。

ひょっとしたらちゃんと勉強して、それなりの知識や腕は持っているのかもしれない。

でも、考えてもみろ。

あいつの病院は毎日数人しか尋ねて来ないんだぞ?

本人は本人で、ちょっとでも反抗したらメスを構える凶暴さだ。

万が一にでも診察されたら、何をされるか分かったものではない。

薬を出されても効くのはどうかすら怪しい。

佳乃の心配や申し出は嬉しいが・・・・・・


「む〜、お姉ちゃんならすぐに治せるのに・・・」

「ま、まあもう夜更けだからな。
それより、お前こそお姉ちゃんにちょっと教えてもらえ」

「え?何をぉ?」

「料理」

「うぐぐ・・・・痛い所を突かれたよ。致命傷だよぉ」


 そもそも今回の料理の失敗は佳乃にある。

観鈴は一般的に、美凪はその辺の主婦より美味く料理が作れるのだから。

俺がずばりと言ってやると、佳乃は身を捩って苦悩する。


「・・・・大丈夫です」

「ん?」


 声に反応すると、美凪が前方を向いたまま言った。


「・・・・何事も挑戦・・・・」

「いや、挑戦ってもな・・・」

「・・・失敗は成功の元」

「う〜ん・・・・・」

「・・・ねこに小判」

「待て、それは微妙にけなしてるだろう」


 本人なりに慰めているのか、美凪はとつとつと話す。

毎度の事だが、ちょっと何を考えているのか分からない面があるな・・・・

考えても無駄だが、頭が痛くなる思いだった。


「っと、そろそろか」


 そんな会話を繰り広げている内に、田舎道は街道に変わる。

整備された町並みにと言えば聞こえはいいが、単なる商店街だ。

照らされる街頭の下、俺達は歩き続ける。


「ここからだと、診療所が近いな。
佳乃から先になるけどいいか?」

「・・・・問題なし、です」


 俺の問いかけに、美凪は気分を害した風もなく返答する。

実は送ると言った時、美凪には遠慮はされたのだ。

一人でも大丈夫だから、と――

少し頑なだったので困ったが、観鈴に強く頼まれたので俺が何とか説き伏せた形となった。


「ごめんね、みーさん。私が先で」

「・・・大丈夫。へっちゃらへーです」

「へっちゃらへーなんだ!?すごいねぇ」

「・・・はい、へっちゃらへーですから」


 頼むから日本語を話してくれ、二人とも。

会話に入れないのはいいとして、馴染まれると俺がおかしくなりそうだ。

この二人、今日一日で気が合い始めている。

ひょっとしたら会わせない方がよかったかも・・・・

今後の行く末に多大な疑問を感じていると、


「やっと帰って来たか。随分遅かったな」

「おねえちゃん!?」


 反対側の道から、白衣を着た聖がこっちに向かって歩いていた。



















<その十九に続く>

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