ONE 「茜色の空の向こうに その31 −毎朝−」
午前四時。
――午前四時?
カーテンのかかった窓を見る。
――真っ黒。
朝日も拝めない時間帯である。
「――あのさ、茜・・・」
「はい」
午前四時、そして里村茜。
恐ろしいほどアンバランスな取り合わせを堪能しながら、俺は声を発した。
「今日って正月だった?」
「違います」
・・・違ったか、そうだよな。
思わずカーテンを開けて、神聖な初日の出を堪能しようか考えてしまったぞ。
俺は確認事項の一つを消した。
「今日、デートの約束だったか」
「違います」
・・・違ったか、残念だ。
先程とは違う感慨を抱きながら、俺のささやかな希望は抹消された。
俺は赤線が引かれた事項を消す。
「なるほど、早朝ジョギングか。
流石俺。
心身を磨き、一流紳士を目指して――」
「違います」
・・・違ったか、勿論だよな。
何故茜が否定出来るかを、今更問う意味はない。
毎日朝から会っているのだから。
俺は黒板――脳内に書かれている事項を丹念に消していく。
「神様に拝む時間だったか。
よし、今日も新しい朝を迎えられた事を神に感謝して――」
「・・・」
「否定してくれよ!?」
いい加減目が覚めたので、俺はベットから身を起こした。
休日の朝。
ありえない時間帯のありえない来訪者から、今日一日の最初を迎えた。
鈍痛の残る頭を振って、俺は部屋を見渡す。
まだ深夜と言っていい時間帯。
低血圧ではないが、昨日テレビで夜更かしした俺に身体は正常な休眠を求めている。
俺は寝癖の残る髪を掻いた。
「どうしたんだ、こんな時間に」
私服姿の茜。
派手ではないが、彼女の魅力を惹きだしている。
こんな綺麗な女の子が、俺の彼女――
と、自分で惚気てしまう程に似合っていた。
ただ、今は疑問が最優先。
休日の朝早くから訪れた理由が、浮かれる俺に水を差す。
合鍵を持っているからとはいえ、茜は理由も無く無礼な真似はしない。
茜はベットに座る俺を見下ろして、淡々と、
「・・・目が覚めたので」
「・・・。・・・え?」
「目が覚めたので来ました」
――待て、落ち着くんだ俺。
猛烈なツッコミ衝動が湧き上がってくるのを、必死で抑える。
相手が我が生涯のライバル・七瀬留美なら、容赦なく牙をむいていただろう。
そんな理由で安眠を妨害したのか、とか、無断進入し過ぎだ、とか――並べる言葉は数多い。
ゼイゼイゼイ・・・いかん、必死で口を抑えすぎて呼吸困難に陥ってしまった。
好意的に考えようではないか。
――朝早く目覚めてしまい、寂しくなって会いに来たの、えへ。
ほーら、可愛い。
一瞬で許してしまうぞ、俺は。
「私が起きているのに、浩平が寝ているのが許せなくて」
「自分勝手すぎ!?」
男の幻想を一瞬で破壊されて、俺は反射的につっこんでしまった。
「――冗談です」
「勘弁してくれ、茜・・・」
頭痛が酷くなる。
使用頻度は極端に低いが、茜は近頃こんな冗談を言う。
真顔で淡々と言ってくれるので、俺は毎回素直に信じてしまう。
頼むから親友に毒されないでくれよ、茜。
時折学校へ来る不法侵入者の顔を思い浮かべて、俺は心から嘆息する。
「掃除に来ました」
「掃除・・・?」
こんな朝早くから?
「浩平は忘れているかもしれませんが、今日は皆さんと約束しています」
「皆・・・?
――あ!」
勉強会――俺は思い出した。
転校生の巴との毎日ですっかり忘却の彼方へやっていたが、確かに次の休みに、と言っていた。
事前に確認していない所が、俺達らしい。
恐らく、何も言わなくても皆やってくるだろう――
確たる予感があった。
「でもあれって、確か午後からじゃなかったか?」
うろ覚えだが、そうだったはずだ。
万が一違っても、午前四時はありえない。
深まる疑問を、茜は払拭する。
「掃除に来ました」
「掃除・・・?」
「はい、皆さんが来るのならと思いまして」
――なるほど、茜らしい。
今の俺達の関係ならこれくらいは、と気を使ってくれたのだろう。
家主にも好かれている茜である。
遠慮も気兼ねも必要は無い――俺がそう言ったのである。
でも・・・
「幾らなんでも、時間が早くないか?」
午前四時は早すぎだ。
茜の好意は嬉しいし、家が散らかっている自覚はある。
この家に住んでいるどちらも、我が家に手入れは若干怠っている。
家事の得意な茜ならすぐに綺麗になるだろうが、こんな早朝からやって貰うのは・・・
俺の疑問を、茜は真顔で打ち消した。
「浩平は、彼女を甘く見ています」
「彼女・・・?」
誰か想像する前に、
ぴんぽーん
チャイムが、鳴った。
「――巴、か?」
「予想通りです」
――俺は頭を抱える。
どうやら今日は、頭痛が治まらないようだ。
<その32>に続く
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