雨の夜
<元治元年 皐月>
ザーザー
ひとしきり雨が降る夜、ここ京都において・・・
「ぐわ!!」
悲鳴を上げて、刀を持った男が倒れる。
緋色の髪をした男が突然すれ違いざまに、男を切り裂いたのだ。
「青磁さん!!・・・くっ!貴様、何者だ!!」
「・・・長州派維新志士、緋村抜刀斎」
男ー緋村抜刀斎ーはそういって、刀をかまえる。
「抜刀斎!!あの人斬り抜刀斎か!!」
「・・・・・・・・・・・・」
抜刀斎は返答することなく、男に向かって駆ける。
「くそ!!」
刃と刃がぶつかり、火花が散る。だが抜刀斎はあっさりと
力を抜き、一歩後ろへと引いた。男はよろけて、たたらを踏む。
そこを狙って、抜刀斎は一気に踏み込む!!
ジャシュ!!
男は袈裟懸けに切られ、血の海へ沈んだ。
おそらく苦痛を感じないほどの即死だったせいだろう、
男の顔には苦痛は表われてはいなかった・・・
刀をさやに納め、抜刀斎は無言で立った今殺した男2人の
死体を見つめる。
・・・そう・・たった今自分が殺した死体を・・・
「緋村さん、後はわれわれがやりますので・・・・」
すぐ近くの物陰で様子をうかがっていた検分役の男が言った
「お願いします」
そういって、抜刀斎はその場所から立ち去った。
・・・その身を雨にうたれながら・・・
「・・・・・・・・・・」
降り止まぬ雨の音を聞きつつ、ここ旅館「小萩屋」の一室に居候している
彼女ー雪代巴ーは、障子ごしに外の雨を見ていた。
ザーザー
雨はやむ気配はいっこうになく、むしろ激しくなっているようだ。
(・・・あの人はこんな雨の中で、人を斬っているのだろうか?・・・)
彼女はそんな風に考える。
ー人斬り抜刀斎ー・・怜悧冷徹に人を斬り、血も涙もない暗殺者
彼女はそう聞かされていた。彼を狙う一味から・・・
そしてその暗殺者に、彼女のかつての許婚を・・・
「・・・清里様」
彼の優しい笑顔が、彼女の脳裏に浮かぶ。今でもその顔が浮かぶたびに
激しい悲しみと絶望が心をしめつける。
ー幼い頃から自分と遊んでくれた彼ー
-愛想がないこんな自分を選んでくれた彼ー
−自分のためにこんな危険な場所に身を投じた彼ー
そんな人が、あっさりと殺されたのだ。・・あの人斬り抜刀斎に・・
しかもただ標的と一緒だったという理由だけで・・・
彼の死の原因を一味のものから聞いた時、悲しみが憎しみに変わった。
「婚約者の敵を討ちたくないか?」
そうもちかけられて、ためらうことなく承諾した。
たとえただ彼を討つための捨て駒に過ぎないと悟っていても・・・
・・・自分の命など捨てる気で来たのだから・・・
それなのに・・・
「俺はみんなが安心して暮らせる新時代の為に人を斬っている」
自分が想像していた、あの一味が言っていた抜刀斎とは似ても似つかなかった。
まだ幼い少年で、家に残してきた縁を思い出させる。
ただ精一杯背伸びをしているようにみえる。
そして殺人の目撃者である自分を斬る事なく、無理矢理追い出すという真似も
しなかった。
ここ彼の部屋に来て、もう三日。彼の弱点を探る為に彼に近づいたが・・・
(・・・私は・・・・ううん、ためらってはいけない・・)
巴は抜刀斎に対しての想いを打ち消した。
(たとえ新時代の為であっても、彼は私の大切な人を殺したのだから)
それは断じて許される事ではない。許してはいけないのだ・・・
巴は敷いていた布団に入ろうとして、ふと外をみてみると
「・・・あ」
向こうからこちらにむかって、この雨の中を濡れながら歩く人影が
目に入った。あれは・・・
「・・・緋村さん?・・・」
パシャパシャ
雨が降りしきる京都の町を闇に紛れて、抜刀斎は歩いていた。
(・・・雨か・・・)
彼は雨自体は嫌いではなかった。空から降る雨が血に汚れた自分を
清めてくれる気がするからだ。
「・・・そんなはずないのにな・・・」
彼は自嘲気味に呟く。
(・・・もう自分は何人、人を殺めたのだろうか・・・)
ー新時代がくるまで、人々が平和に暮らせるその日がくるまでー
そう言い聞かせて、自分は人を斬ってきた。
命乞いした人、逃げるものもためらいなく殺した。
だが、まるでその時代はこない・・・
「・・・そのうち無関係なものも殺めてしまうかもしれない・・・」
彼の心に不安をよぎる。
(・・・最近自分は血の匂いしか感じられなくなってきた・・・)
(・・・心も血で染まってきつつある・・・)
(・・・俺は・・・)
「ではもし私がこの手で刀を手にすれば、あなたは私をー」
「!!」
つい先日問われた彼女の問いが脳裏をよぎる。
「確か・・・巴、さんだったか?」
ー自分を狙った刺客をしとめたところをみた女性ー
その彼女の問いにまだ答えてはいない
「・・いや・・答えられなかった・・」
彼女の問いは自分の心の迷いを見透かされた感じがしたからだ。
(・・・もし、あの人が敵だったら、俺は・・・)
まだでない答えを抱えたまま、彼は暗闇の雨道を歩いた。
そして、ようやく宿の前まで辿り着く。
「・・ふう、だいぶ濡れてしまったな・・・」
そして、抜刀斎が何かふくものを探していると
「・・・どうぞ・・・」
玄関で待っていた巴が、抜刀斎に布を差し出す
「え?・・・・あ、君は・・」
「・・・風邪を引きますよ・・・」
「・・・あ、ああ」
少し動揺しながらも、彼は巴の差し出した布で体をふいた。
「まだ起きていたのか?」
「・・・・ええ」
「・・・そうか・・・」
それっきり両者ともに一言も話さなかった。
「・・・では、私はこれで・・・」
そういって巴は部屋に戻ろうとした。すると
「あ,巴さん」
「なんですか?」
抜刀斎の呼び止める声に立ち止まり、巴は振り向くと
「ありがとう」
「・・・・いえ・・・」
彼の素直な礼に、頬を少し赤くして巴は去っていた。
抜刀斎はそんな彼女をみて
(・・・彼女は絶対に斬らない、どんなことがあっても・・・)
濡れた体をふくたびに、心が温かくなるのを感じていた。
(・・・ありがとう・・か・・・)
廊下を歩きながら、彼女はさっきまでの心のもやもやが
少し晴れていくような気持ちだった。
と同時に、彼のその時見せたかすかな笑顔が心に焼きついて
離れなかった。
(・・・どうしたんだろう・・私・・・)
自分の心にとまどいつつ、巴は床についた。
<終>
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