華の門出を迎えて




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 町中に爛々と振り下ろした日差しの強さも近頃は弱まってきている。

眩しい太陽の下で青々と茂みを繁らせていた草木も今では茜色に染まりつつあり、

季節の風物詩であった広い青空も、最近は夕暮れ時の空間が色を成している。

俺は季節に選り好みはしないほうだが、それでも過ごしやすい現在のほうが活動はしやすかった。

名雪に言わせると暑さが浸透している時の運動も気持ちいいらしいが。


「うぐぅ・・・難しいよ・・・・」


 そんな過ごしやすい時期を、目の前にいる少女はまったくといっていいほど感じてはいなかった。

ほとんど半泣きになりながら、机の上に乗っている一冊の本に悪戦苦闘している。


「さっきからずっとそこで止まっているじゃないか、あゆ」

「だって難しいよ、祐一君。ボクには無理だよ」

「お前、今日はちゃんと決めた目標どおりに終わらせるって言ったじゃないか。
男なら一度言った言葉は責任を持って守るように」

「ボクは女だよ、祐一君!」

「はっはっは、冗談がうまいな。あゆは」

「うぐぅ・・・・爽やかに笑わないでよ〜」


 日頃ならあゆに悩みや苦しみがあれば、俺は真っ先に助けるつもりでいる。

あゆがどんなに大切か、あゆが俺にとってどういう存在か。

俺はあの時の冬の出来事で自分の心を確実に決める事ができた。

だけど、今迫っているあゆの苦難はさすがに助けられない。

なぜなら、これはあゆ自身が解決しなければいけない問題だからだ。


「ほらほら、手が止まっているぞあゆ。夕方までには終わらせようぜ」

「うーん、ちょっと自信がないかな・・・・」


 心底困ったように、あゆは小さな肩を落とした。

あゆの態度に、俺はさすがに可哀想になって身を乗り上げる。


「秋子さんを呼ぶか?あの人ならずばっと解決してくれるだろう。
多分短時間で完全にクリアーできると思うぞ」

「秋子さん、すごく頭がいいもんね。ボク、すごくびっくりしたよ」

「あの人に関してはすごいというよりもやっぱりなっていう感じだったけど・・・」


 秋子さんには引越し当初より生活面から精神面まで支えられている。

俺にとってはある意味で母親以上の恩師に値する人物でもあった。

そしてあゆにとっても今では母親代わりの人だった。


「で、どうする?名雪もいるから声をかけてみるか」

「ううん、名雪さんはさっき少し仮眠を取るって言ってたから・・・・・・」


 あゆは少し苦笑気味にそう答えた。

普段よく家に遊びにくるあゆにとっては、もう名雪の睡眠時間等については全て把握済みである。

仮眠と言うからには、今頃温暖のいい部屋の中で夢の世界へ遊びに行っているに違いない。

下手に起こすと機嫌が悪くなるのはすでに承知済みだ。


「秋子さんに聞いてばっかりも良くないと思うし・・・・・・
やっぱり祐一君がボクに教えてくれれば問題なしだよ」

「うーん、それは無謀だと思うぞ」

「ゆ、祐一君・・・・自分で言うのはちょっとむなしくない?」

「聞くな」


 あゆの言葉に若干ショックを受けながら、俺は視線をそらした。


「でも、祐一君は今日はボクと一緒に頑張ってくれるっていう約束だよ」

「あゆが頑張ったら、だろう。まだ数問しか進んでないじゃないか」


 あゆと俺が先程からいろいろと討論しているのは、目の前に置かれている参考書が原因だった。

参考書の内容はいたって平凡で、俺の通う高校受験の近年の傾向にそった類題が網羅されたものだ。

一応、どこの本屋にでも売っている高校受験のテキストである。

あゆは以前の目覚めにより新しい生活が始まったが、肝心の学業が疎かにされたままであった。

秋子さんを含めて重ねられた進路相談の結果、俺の高校に転入する事になった。

そこまではさした問題はなかったのだが・・・・・・


「うぐぅ・・・・だって難しすぎるよ・・・・・」


 他校に転入する際、一番大きな壁が存在する。

それが今もあゆを悩ませている原因である転入試験である。

高校生の転校制度について数ある転校を経験した俺でも全て理解しているわけではないが、

名雪が所属する高校に転校すると決めた時は俺も転校試験を受けた身である。

内容、量ともに難解という程でもないが、基本はある程度勉強しないと危ないレベルである。

こうしてあゆの勉強を見ながらつくづく思うのだが、よく俺は今の高校に転校できたものだ。

きっともう一度やってみてくれと言われたら絶対に不可能だと言い切る自信がある。

事実、あゆの勉強を見てやっているのだが俺が悩んでしまう問題が多いのだ。


「あゆって実際の学業レベルはどれくらいなんだ?」

「学業レベル?」

「うーん、だから・・・・どの範囲ぐらいまで勉強したんだ?
中学レベルとか、小学生レベルとか、幼稚園レベルとか」

「どんどん下がっていっているよ!?」

「細かい事を気にするな。胸が余計に小さくなるぞ」

「うぐぅ・・・・気にしてるのに・・・・・
それに全然胸とは関係がないよ、祐一君!!」


 持っているシャーペンを力強く握り締めて、俺のほうを睨むあゆ。

長い付き合い上怒らせると後にひびくのは身に染みているので、俺はこれ以上からかうのをやめる事にした。


「ごめん、ごめん。それで大体どこまで学んだんだ?」


 俺も詳しい事はきちんと聞いてはいないが、病院を退院した後は本人なりに頑張ったようだ。

生活に対するブランクが長い事もさることながら、何より自身の環境が大幅に変わった事もある。

俺の前では何気ない様子を見せてはいたが、影では大きな努力があった事は想像に難くなかった。


「えーと・・・・、塾で学んだのは高校生レベルの授業だったよ。
高校の授業については詳しくボクも分からなかったから、名雪さんも教科書とか貸してくれたんだ」


 なるほど、名雪も名雪なりにずっとあゆを応援してくれていたんだな・・・・・

元々二人は出会った頃から気があっていたがが、今ではすっかり友達になっている。

もしあゆの母親が健在だったら家族ぐるみの付き合いになっていたかもしれない。

暗い過去にありえない未来で塗り変えようとするのは馬鹿な事だが、そう思わずにはいられなかった。


「?どうしたの、祐一君。ボクの顔、何かついてる?」

「い、いや、何でもない・・・・
それにしても塾まで行っていたとは、あゆもそれなりに勉強はしてたんだな」

「ゆ、祐一君・・・ひょっとしてボクの事馬鹿だと思ってない?」

「お、思ってないぞ・・・・・・」

「どうしてそこで目を逸らすの!?」


 横目であゆの様子を見つめると、不満顔で俺を見つめる瞳とぶつかった。

俺は曖昧な笑みを浮かべながら、あゆが悪戦苦闘している参考書を覗き込む。


「数学か・・・・数学って理解と組み立てが必要だからな。
あゆには不向きかもしれないな。結構苦手なんじゃないのか?」

「う、うん、でもどうして分かるの、祐一君」

「さっきからずっと悩んでいる様子を見れば一目瞭然じゃないか」


 俺が苦笑してそう答えると、あゆは頬を朱色に染める。


「数学って難しいよね・・・・公式とか覚えただけじゃできないもん」

「俺もそう思う。うちのクラスの香里とかは逆に得意らしいけどな」


 名雪はどちらかといえば暗記タイプだけど、香里はその逆でひらめきタイプである。

もっとも香里の場合、全ての分野において高成績を修めている秀才であるが。


「香里って・・・・祐一君のお友達の香里さん?」

「あれ?あゆに話した事あったか、香里の事」


 俺の記憶にはなかったので疑問に思って尋ねると、あゆは必死で手を振る。


「ううん、違うよ。名雪さんに教えてもらったんだよ。
よく祐一君が色々やる度に注意とかしてくれる人だって」

「面倒役と間違えていないか、あいつ・・・・・・」


 他にも何か色々と吹き込まれている気がして、俺は隣の部屋の眠り姫の顔を思い浮かべる。

後できっちりと問いただしてやる。


「名雪さんと仲がいい人なんだよね。よく話に名前が出てくるもん」

「まあな。対称的に見えがちだけど互いに支えあっている所がある」


舞と佐祐理さんの関係もそうだったけど、人間は自分にない部分を持つ他人に惹かれやすいのかもしれない。


「何か羨ましいな・・・・」


 あゆは表情に羨望と、そしてどこか寂しそうな影を浮かびあげる。

俺はその表情に少し胸の奥を突かれて、努めて明るい声を出した。


「お前にだって大勢友達がいるじゃないか。真琴も最近お前が来るのを楽しみにしているぞ」


 あゆがこの家に頻繁に遊びに来るようになって、真琴ともよく話すようになった。

真琴は初めこそ人見知りな部分を見せていたが、あゆの人懐っこい性質によりすっかり気兼ねがなくなった。


「うん!ボクも楽しいよ、真琴ちゃんといると」

「そうだろうな・・・・・・・・」


 二人が色々な事をしてはしゃいでいる様子を思い出して、俺は苦笑した。

案外気があっている理由は精神年齢が同じだからなのかもしれない。


「祐一君にもいるでしょう?こう、いつも一緒に遊んでいる人とか」

「俺か?うーん・・・・・ま、まあな・・・」


 約一名該当する人間を知っているが、あいつと俺は仲がいいのだろうか。

あゆの事では探し物を見つけるのに協力してもらったし、何かあればあいつとつるんでいる。

じゃあ仲がいいんだなと問われると、なぜか首を真っ先に横に振りたくなるのはどうしてだろうか?

もしかすると、俺の本能が嫌がっているのかもしれない。

非常に答えづらい質問なので、俺はあえて言葉を濁しておく。


「でも、いいよね・・・・学校って」

「うん?」

「だって、祐一君や名雪さんのようにお友達がたくさんできるでしょう。
たくさんの人と出会って,楽しい思い出をたくさん作れる場所。
それが学校なんだよね」

「あ・・・・・・・・・」


 昔忘れかけていた思い出の場所・・・・・学校。

あゆがどういう意味で言っているのか、そしてどんな思いを秘めているのか。

あゆがこれほどまでに学校にこだわる理由が分かった様な気がして、俺は静かに頷いた。


「そうだな。俺も学校で色々な事を学んで、たくさんの思い出ができた。
お前もこれから色々な出会いがあるよ、あゆ。きっとだ」

「うん、ボク頑張るよ!」


 それは俺が一番好きなあゆの明るい笑顔だった。

俺も同じく笑みを交し合い、そっとあゆの頭に手をおいた。


「ゆ、祐一君・・・・・・」

「さーてお喋りの時間は終わりだぞ、あゆ。目の前の参考書の問題くらいは解ける様に頑張れ」

「うぐぅ・・・厳しいよ〜」


 安らぎの雰囲気に満ちる一室の外では、初秋の風が一筋舞った。

夏はもう終わろうとしている・・・・・・・





















<終>

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