いつかきっと(前編)

<元治元年 水無月>



「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・あの、巴さん」
「・・・はい」
「今更こんな事を聞くのも何なんだけど・・・・」
「・・・はい?」
「俺は今何をしてるんだろう?」
「買い物の荷物もちです」
「・・・・・・・・・」
「それが何か?」
「・・・あの、飯塚さん」
「うん〜?どうした、緋村?」
「俺はなぜこんなことをしてるんですか?」
「そんなの決まってるじゃねえか。巴ちゃんのお手伝いだろ?」
「・・・いや、だから・・・」
「貴方が言ったんですよ。何か手伝う事はないかって・・・」
「・・・そ、それはそうなんだけど・・・」
「男は一度言った言葉をまもらねえとな!!イヤー、似合ってるぜ、その姿!
奉公人って感じでよ」
「いい加減にしてください!!」
抜刀斎は肩、背中、あらゆるところにつるしてある荷物をその場に下ろす。
一つ一つがかなりの重さをしめており、さすがの抜刀斎も疲れているようだ。
もともとこんな荷物を担がせられている原因は,抜刀斎が忙しそうに働く巴を
見かけて、手伝いを申し出たことから始まって、あれよあれよという間に
巴となぜか飯塚に連れてこられ、今に至っている。
とはいうものの、春の気配が薄らいで、夏の兆しが見え始めている京の町中を
荷物を担いで歩くのは、小柄な抜刀斎にはかなり辛いようだ。
「おいおい、ちゃんとかつがねえとだめだぜ」
「あ・の・ね・え!!俺がだいたいなんでこんなこと・・・」
「・・・・やっぱりあの言葉は嘘なんですか?」
巴は抜刀斎を軽くにらみながら言った
「そうなんですか・・・・貴方は口だけの人なんですね・・・・」
巴は表情は変わらなかったが、どこかがっかりした口調で言う
「あ、いや、そんな・・・」
「あーあ、巴ちゃん可哀想〜」
ニヤニヤしながら、無精ひげをはやした男ー飯塚ーは事の成り行きをみている。
どこか面白がっているようだ。
「わかった、わかりました!!持ちます!!」
巴は荷物を担ぎ始める彼をちらっと見て
「では行きましょう」
何事もなかったかのようにすたすたと歩き始める。
「はー」
「何ため息なんかついてんだ?ほれ、行こうぜ!」
飯塚も彼女の後についていく。その姿を見ながら
(あんなこというんじゃなかった・・・)
今になってひたすら後悔する抜刀斎だった。


「お米と味噌と、あとは・・・」
巴はメモを片手に品物を見ている。
京の町は普段は何かと物騒だが、もうすぐ行われる祇園祭のせいか
町は活気を見せていた。
「それにしてもなんでこんなに買い込むんだ?いつもこうではないだろう?」
抜刀斎は全身にかかる重みを感じつつ、巴に尋ねた。
「おかみさんに頼まれましたから。なんでも祭りに必要とかで・・」
もうすぐ行われる祇園祭は,この辺の地域が協力し合って行われている。
小萩屋も例外ではなく協力をしているようだ。
「まあしゃーねーんじゃねえの?俺達は小萩屋に世話になっている身だしな」
「・・・そういえばなんで飯塚さんは一緒に来てるんです?」
「俺も暇だったんでね。あ、そうか、俺、邪魔だったか?せっかくの巴ちゃん
と二人でお出かけ・・・・って、うわ!!」
抜刀斎は飯塚の言葉を待たずに、刀を抜こうとしていた。
「じょ、冗談だっつーの・・・まったくお前、その癖直せよ・・」
「飯塚さんが余計な事言うからです。俺とあの人とは何の関係もありません」
「ほんとか〜?・・・でも巴ちゃんが来てからのお前って何か変わったぞ」
飯塚が少しまじめな顔になって言う。
「?俺が・・・・」
「ああ。なんかこう顔が穏やかになったというか・・身体から力が抜けた
感じがするぜ」
飯塚の指摘に、抜刀斎は少し動揺していた。
ここ最近、抜刀斎は巴の存在を意識していた。
そのせいか近頃では彼女を目で追うようにもなってきている。
思えば買い物の手伝いなんて、彼女に出会う前ならぜったいしなかっただろう。
(心に余裕ができたのか?それとも・・・)
「ま、そんな思い込むほどのもんじゃないって。変わったんならそれで
いいじゃねえか。自分を見つめるいい機会だとおもうぜ」
「飯塚さん・・・」
飯塚は普段はのらりくらりとしているが、いざという時しっかりとした
考えを持って、物事をよくみている所がある。まあそういうところがあるからこそ、
桂の右腕として働けているのだが・・・
「緋村さん?」
どうやら随分話し込んでいたようだ。巴が両手に荷物を持っていた。
「あ、巴さん。どうした?」
「これもお願いしますね」
どさっ
巴は両手に抱えていた一抱えはある袋を下ろす。
「では、次行きましょうか?」
呆然としている抜刀斎を尻目に、巴は平然と歩きはじめる。
「・・・ちょっと、巴さん」
「はい?なにか?」
「あの〜、まだなにかあるのか?」
「はい。あと反物などを・・・」
(ま、まだあるのか・・・・・・・・・・)
抜刀斎は心も身体もぐったりしはじめる。
そんな様子を見た飯塚は
「じゃあ、緋村はとりあえずこの先の茶屋で荷物をおろして休んでろよ。
俺と巴ちゃんは残りを買ってから、そこへ行くからよ」
「え、でも・・・」
「いいって。な、巴ちゃん?」
「・・・はい」
巴も了解してくれたので、抜刀斎は茶屋で待っている事にした
「じゃあそこで待っているので・・・」
「ああ、じゃあな!」
「・・・・・・・・・」
抜刀斎はそこでいったん別れ、巴と飯塚で残りの買い物を済ませる事となった。


「これで全部か・・・いやー、これは巴ちゃん一人じゃ無理だったろ?」
「はい・・・2人のおかげで助かりました」
二人は買い物を済ませて、抜刀斎が待つ茶屋へと向かっている。
「それにしても今日はいい天気だね〜」
「・・・・そうですね」
そっけなく巴は答える。飯塚は買い物の合間にも巴に話し掛けていたが
つっけんどんにかえされるだけだった。
別に飯塚だからというわけではなく、彼女は誰にでもこの調子である。
「・・・・・・・・・・」
そんな巴をじっと飯塚は見つめる。
普段のおちゃらけた顔ではなく鋭い眼光で・・・
「・・・・なんです?」
巴はそんな飯塚に警戒しながら見つめ返すと、飯塚はため息を吐いて
「・・・・あんただったとはねえ・・・」
「・・・え?・・・」
「とぼけても無駄だぜ。・・闇の武の手先だろ?・・・」
「!!」
巴は驚愕にみちた顔で飯塚を見る。
(なぜ・・・そのことを・・・・)
「何でって顔してるな。答えは簡単、俺もあいつらと関わりがあるからさ」
「・・・それでは彼らが言ってた内通者というのは・・・」
「そう、俺さ」
巴が声も出ない衝撃に心をうちのめされる。
背中からいやな汗が出るを感じながら、かろうじて声を紡ぎ出す。
「まさか・・・連絡係も・・・」
「いや、それは違う奴がやるみたいだぜ。俺もよくしらねえけど」
飯塚のほうはいつもと口調は変わらない。だが、どことなく得体の知れない雰囲気を
漂わせていた。
「で、どうなんだ?いまのところ?」
「え?」
「抜刀斎の弱点。つかんだのか?」
「・・・い、いえ・・・」
「そうか・・・・」
以前の巴なら、清里の復讐を誓ったあの時ならこれほど動揺はしなかった
だろう。その時は抜刀斎に対して憎しみしかなかったから・・・。
しかし今は・・・・
(・・・・緋村さん・・・・・)
「因果なもんだな」
「え?」
「巴ちゃんの婚約者の敵が緋村とはね・・・・」
「・・・・はい・・・・」
巴には以前愛し愛された婚約者がいた。巴にとっては幼なじみにあたる人で、
幼いころから二人はよく一緒に遊んだり、時には勉学を共にした。
幼なじみである彼ー清里 明良ーは、誰にでも優しい好青年で、近所の人々にも
評判が高く、巴にとっては初恋の人だった。そんな彼に、巴はある日求婚され、
巴は信じられない思いだったが、その申し込みを受け入れた。
周囲からも祝福され、二人の幸せを願わずにはいられなかった。
しかし運命は、二人に残酷だった.
巴のために、彼女につりあう男になるためと京へ奉公した清里が・・・・・
無残にも殺されたのだ。緋村抜刀斎の手によって・・・・
清里の訃報を聞いた巴は、目の前が真っ暗になり、何もかもが消え失せたよう
に意気消沈し、やがて彼女は周囲の反対を振り切って、京へ上った。
清里の死の真相を知るために。そこで、彼等に出会った。

「緋村抜刀斎に復讐したくはないか?」

幕府の影に徹し、闇の中に住まう者達ー闇乃武ーに巴は身を投じた。
清里を、自分の幸せを奪った抜刀斎に復讐するために・・・・
「・・・許せないんです。彼を・・・人斬り抜刀斎を・・」
飯塚は黙って聞いていたが、やがて
「あいつは、自分より他人が不幸になるのが耐えられないって言う馬鹿野郎でな・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「そんな野郎が人斬りなんてやってよ・・・・俺、ときたま思うぜ・・・
あいつが何より血を見るのが好きだとか、人を斬るのが3度の飯より好きとか
言ういやな野郎ならどんなによかっただろうって。そんなら俺もほいほい
あいつを奴等に売れたんだがな・・・。巴ちゃんはあいつをどう思った?
実際会って?」
「・・・・・・・私は・・・・・・」
(彼がいやな人ならよかった。そうしたら何も遠慮なんてしなかった。
それなのに・・・あの人は・・・・・優しすぎた・・・・)
巴は人を斬るたびに苦しむ彼をみるたびに、憎しみとは違う何かが心を締め付
けていた。手洗い場で無言で手を洗う抜刀斎の後ろ姿はどうしようもなく悲し
そうだった。
「・・・・なあ、巴ちゃん」
「はい?」
「まだ・・・あいつを恨んでいるのか?」
巴はしばらくその問いに対して考え込んでいたが、
「彼は・・・私の・・・大切な人を・・・奪いましたから・・
たとえ彼がどんな人でも・・・許せません」
巴は唇を噛み締めて淡々と語る
「それに彼にとって、明良様はただ口封じの為だけに平然と殺したと
聞きました。そんな人を許す事なんて・・・・・できません」
闇乃武から聞かされた真実ーそれが巴の中の憎しみを掻き立てていた。
「・・・そっか。・・ちょっと残念だな」
「残念?」
「・・・・緋村、あんたのこと結構気にしてるみたいだからよ」
「緋村さんが?」
「ああ。あんたと会ってからの緋村、なんかこう険がとれたというか、
年相応の顔つきをしてるなって思ってよ。だからあんたが敵の一味って
知った時、ちょっとがらにもなく落ち込んじまったぜ、俺は」
「・・・・・・・・・・」
(緋村さんが・・・私を?)
普段は巴を追い出したがっている抜刀斎と接していたせいか、巴は少し
信じられないようだ。飯塚は少しためらうそぶりを見せたが、やがて意を決
したように巴に言った。
「なあ、あいつを許してやる事は出来ねえか?」
「・・・・・・・」
(・・・・・・・・私は・・・・・・・・)







<続く>
                 
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