いつかきっと(後編)
---あいつを許してやることは出来ないか?---
しばらく二人はその言葉を期に、無言のまま対峙していたが、
その沈黙を破るかのように,飯塚は言葉を続けた。
「このままじゃ可哀想でな・・・緋村も・・・あんたも・・・・」
「・・・・・できません・・・・」
「でもな・・・」
「そんなこと・・・・・そんなこと・・・できない・・・・・
私は・・・・何もかもを奪われたんです。許す事なんてできない・・」
父親から清里の死を聞かされたときのあの絶望と気が狂わんばかりの悲しみ、後悔・・・
今でも巴は、その深い闇の中にいた。
「・・・巴ちゃんはこのままあいつを憎みつづける事ができるのか?」
「・・・・・・・」
「憎しみからは何も生まれないぜ・・・何もな・・・・」
飯塚の言う事も巴は分かっていた。でも、感情が納得しなかった
「でも私は・・・・・やり遂げなければいけないんです」
(彼を死地にいかせたのは・・・・私のせいだから)
自分に結婚を申し込んでくれた時の彼の言葉が忘れられないー
(いずれ君にふさわしい男になったら、君を迎えに行く。約束するよ)
そしてその言葉が・・・・最後となった・・・
(私のせいで・・・彼が・・・)
「でも巴ちゃんも迷ってるんじゃないか?」
「え?」
「緋村の事」
「・・・・・・・・・・」
そんなことはない、と巴はなぜか言えなかった。
「緋村が、巴ちゃんの幸せと未来を奪った。それはなんの変わりもない。
あいつが悪いというのもわかってる。でもな・・・・」
巴と向き合う形で、飯塚は続ける。
「俺はいままでこんな稼業を続けてきたからいろんな奴を見てきた。いい奴も、
悪い奴もたくさん、な・・・。だから分かるんだ。復讐をして自分が救われた
奴なんて、一人もいなかったよ。一人もな・・・」
人を殺した者だけに生まれる業、飯塚はそんな者達の末路をたくさんみた
のだろう。かぎりなく、たくさん・・・・・
「・・・・わかって・・・・・ます。こんなこと・・・・・しても・・・・
彼は帰ってはこない・・・・。でも、心が納得しないんです・・・」
巴は美しい顔を歪めながら、途切れ途切れに言った。
清里を想う気持ちに嘘はなかった。本当に想いをよせていたからこそ、復讐を
果たそうとするのだ。
「・・・巴ちゃん、緋村の話も聞いてやってくれないか?」
「え?」
「あいつが殺した人たちのことをどう思っているのか・・をさ」
飯塚の言葉に、巴は何も言葉を紡げなかった。
「あいつは人を斬るたびに、自分の心も斬ってるんだ。そしてそんな人斬りとしての
自分を見つめ、また心を痛める。あいつはそういう奴だ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
(・・・私は・・・・)
「ま、俺が言えるのはここまでだ。大切な人を失った悲しみを味わったことのねえ俺には、な・・・。
巴ちゃんがそれでも復讐するって言うなら、俺にそれを止める権利はない」
飯塚はそう締めくくった。巴はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「・・・ひとつお聞きしても良いですか?・・・・」
「うん、なんだい?」
「どうしてそこまで彼をかばうのです?」
巴が尋ねると、飯塚は頭を掻きつつ
「う〜ん、何でだろうな〜。まああえて言うなら気に入ってるからかな・・・
緋村も・・・・・それに巴ちゃんも・・・」
「私も?」
「ああ。二人を見てたら、なんか不憫になっちまってな・・・それだけだよ」
ほろ苦い顔で、飯塚は言った。
「・・・・・・飯塚さんはこれからどうするのです?緋村さんを、長州を
売れますか?」
「こりゃあ核心ついた質問だなあ。・・・・・そうだな、本音を言うと
長州とか幕府とかはどうでいいんだ、俺にとっては。俺はどっちが正しいとか
わからねえからよ。自分に得のほうにつくだけだ。だが、緋村はな・・・・・」
飯塚は空を見上げながら言った。
「今の長州の連中の奇麗事にはうんざりしているが、あいつはそうじゃねえ。
てめえが正しいとは思っちゃいねえからな・・・・でもそこが哀れでな・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「だから手を貸してやりたいとは思ってる。ま、できるかぎりだがね・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
二人ともそれっきり黙り込み、もくもくと茶屋へと歩きつづけた。
重い雰囲気をかかえたままで・・・・
「思ってたより早かったですね」
「ああ、結構すぐ見つかったんでな・・あ、俺もお茶と団子一皿ね。
巴ちゃんは?」
「・・・私はお茶を」
「はい、少しお待ちください」
店頭の椅子に腰掛けた3人は、そこで一息ついた。
この茶屋は比較的京でも評判が良く、志士達にも利用されているところ
でもあった。そこで抜刀斎達は荷物を降ろし、とりとめのない話をしていた。
「・・・にしても、おめえの顔の傷、くっきり残っちまったな」
「?」
「ほれ、1年ほど前につけられた傷だよ、おめえの頬の」
「ああ・・これですか」
抜刀斎は指で顔の傷をなぞった。その傷は今も消える事無しに残っていた。
「その傷は・・その・・・お仕事の際に?」
人目を気にしながら、巴は抜刀斎に聞いた
「・・・ああ、そうだ・・・」
痛い所をつかれたというような顔で抜刀斎は言った
「確かおめえがこの稼業始めた頃だったっけ?・・・えーと、名前は確か・・」
飯塚はとぼけた顔で抜刀斎に聞いた。その態度に巴は頭にひらめく物があった
(・・・まさか・・・まさか・・・・・)
「清里。清里という名前です」
「!!」
(・・・やっぱり・・あの人が・・・つけた傷・・・・)
巴は顔色を変えて、抜刀斎をみる。そんな巴の様子を見た抜刀斎は
「巴さん、どうした?顔色が悪いが?」
「・・・い、いえ・・・なんでも・・・」
(今ここで悟られてはいけない)
巴は運ばれてきたお茶を飲んで、気持ちを落ち着けた。
「お前ほどの剣客でも不覚をとるんだな。そいつはそんなに腕が立ったのか?」
その頃はまだ飯塚は抜刀斎の検分役はしておらず、もっぱら桂 小五郎のもとで
密偵の役をこなしていた。
(そんなはずはない・・・彼は剣の腕はなかったはず・・)
「いえ、それほどのものではありませんでした。ただ・・」
抜刀斎は声を低くして、言葉を濁した。これ以上は話したくないようだ。
でも飯塚は続きを促した。巴にすべてを聞かせたかった。
「ただ・・なんだ?」
「生きようとする意志はとてつもなく強かった」
「生きようとする意志?」
きょとんとした顔で、飯塚は聞いた。
「はい、彼が連れと話しているのを物陰で聞きました。
どうやら彼には婚約者がいたらしい・・・・・その人の為になんとして
も生きようとしたんでしょう・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
飯塚は巴のほうを何気なく見たが、彼女は何も言わずに話を聞いていた。
「もうすぐ祝言だといっていて、連れもそんな彼を祝福していました。
そんな彼らを俺は・・・殺しました・・・・」
顔の傷をなでながら、彼は2人に話を聞かせていた。
「・・・その人に婚約者がいるとわかってて・・・・あなたは・・・・
殺したのですか?その婚約者が悲しむだろうとは・・・・少しも・・・少しも・・・
思わなかったのですか?」
黙って話を聞いていた巴だったが、やがて耐え切れないように抜刀斎にその言葉を
ぶつけた。その声色はいつもと変わらなかったが、事情を知る飯塚には、言葉の裏に
言いようのない悲しみとやりきれなさのようなものが感じられた。
「・・・・・・言い訳は一切しない・・・例えどのような理由が
あっても俺は・・・殺したのだから・・・」
能面のような無表情で抜刀斎は言った。
「・・・・・・・・・・」
「きっと、あの人の家族も・・・・そして何より婚約者も・・・・
俺を憎んでいるだろう・・・・。あの人とその婚約者の幸せな未来まで・・・・
奪ってしまった・・・」
「・・・緋村、お前・・・」
「俺はこれからも大勢の人に恨みをかうだろう・・・・
時代の為とはいっても、その人の家族や恋人にとってはただの
人殺しなのだから・・・・・・・・・」
抜刀斎は分かっているのだ。たとえ時代の為、人の為といっても自分のする事は
ただの犯罪なのだと・・・
・・・己にとって背負わなければならない罪なのだと・・
「・・・どうして貴方がそこまでして・・・・」
巴は彼の辛そうな顔を見て、痛いほど彼の苦しみが伝わってくるような
気がした。飯塚の言うとうり、彼は自分も痛めつけている。
そんな彼をこれ以上憎める気持ちには彼女はなれなかった。
「緋村。もし自分が辛いと思うんなら逃げたっていいんだ・・・
おめえじゃなくても、人きりはできる奴はいる・・・・・
でないといずれお前は、罪の重さにつぶれてしまうかもしれないぜ?」
それは飯塚なりの緋村への配慮だった。しかし彼はこう言った
「すいません、心配させてしまって・・・、でも、ここで止めるつもりはありません。
目の前で苦しんでいる人がいる。大勢の人間が悲しんでいる。
どんな理由があろうとそれをほっておくことなど俺はしたくない。
だから今・・・己ができることをやります。でなければ・・・殺した人の命が
本当に無に帰してしまいますから・・・・・・。だから、誰もが平和に暮らせる新時代がくるまで
人斬りをやめるつもりはありません」
はてなき先の未来を見つめつつ抜刀斎が言うと、
「へ・・・やっぱりおめえは馬鹿だな・・・
ほんとどうしょうもない馬鹿だ・・・な、巴ちゃん?」
飯塚は巴に目配せしつつ、返事を促した。
「・・・ええ、本当に・・・・」
(本当に・・・・・心が純真なのですね)
彼の言葉を聞き、巴は心の中でそうつぶやいた。
「さ、そろそろ帰るか?女将さんもまってるしよ」
飯塚は立ち上がって、外へ出ていった。すると二人も
「そうですね、そろそろ行きましょうか、緋村さん」
「ああ、そうしよう・・・・よいしょっと」
巴が勘定を払っている間に、抜刀斎は荷物をまとめ、3人は茶屋を後にした。
そして、その帰り道・・・・
「飯塚さんも少しは持ってくださいよ」
「なにいってんだ。俺みたいな年寄りには酷だぜ」
「どこが年寄りですか!!!」
「いちいち怒るなよ。短気なやつだな」
2人は言い合いながら歩いていた。
その姿を後ろで見ながら、巴は
(ごめんなさい、明良様。私は、あの人をこれ以上憎む事はできそうに
ありません。苦しみながら、それでも人のために人を斬る彼を・・・)
「緋村さん」
抜刀斎と並びながら、巴は話し掛けた。
「ん?なにか?」
「今日はありがとうございました」
「いや、手伝いをするといったのは俺だ。君が気にする必要は・・」
「本当に・・・・ありがとう・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・どうかなさいましたか?」
まじまじと自分を見る抜刀斎に、目を逸らしながら巴は尋ねた。
「いや、君が微笑っているをはじめて見たから・・それで・・・」
「え?急に何を・・・・」
(微笑っていた?私が・・・)
「あ、すまない。変なことを言って・・・」
ふたりはぎこちなくなりながら、互いに頬を赤らめていた。
そんな二人をみて、飯塚は
(あーあ、みてらんねえな)
苦笑しつつ、二人から少し離れ、気を利かせていた。
そんな飯塚を尻目に
「また何か手伝える事があったらいつでも言ってくれ。君にはいろいろと
お世話になっている」
「い、いえ、私こそ・・・そんな・・・」
巴と抜刀斎は少しぎこちなくはあったが話しながら家路についた。
<終>
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