kanon 「淡く儚い恋化粧」
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「今日は朝から妙に寒いな・・・・」
暦の上では既に初春に入っているこの時期、朝から風が冷たく身体に吹きすさんでいた。
学校支給の冬用の制服も、所詮この街の自然の寒さにはとても敵わない。
俺は身につけている黒の手袋ごしに手を擦りながら、学校へ歩いていた。
「こんな日はこたつに入って、一日中ごろごろしたいんだけどな」
真琴辺りが聞いていたら年よりくさいと馬鹿にされそうな発言をしながら、俺は歩き続ける。
普段は名雪と一緒に登校しているのだが、今日は珍しくあいつは朝練である。
「あいつって起きようと思えば、早朝から起きる事も可能だったんだな」
今日の朝秋子さんに名雪は既に学校へ行った事を聞かされて、俺は思わず自分の耳を疑った。
『名雪が朝練に参加できる』、この事実を学会で発表したらノーベル賞を受賞されそうだ。
俺は高校生だけど・・・・・
「馬鹿な事考えてないでとっとと行くか」
俺はため息を一つ吐いて、通学路を早足に歩き続ける。
こう見えても、俺は基本歩行速度は人並み以上に優れている。
それにプラス日頃の名雪の朝寝坊に付き合わされて、いつも朝は急いでばかりなのだ。
そのおかげで、足は常日頃から鍛えられている。
俺はぐんぐんと学校寄りの角を右に曲り、校門へと目指す。
と・・・・
「あれ、あの後ろ姿は・・・・・」
俺から数メートル離れたやや前方に一人の女性徒が歩いている。
後ろからでもはっきりと分かる流れるような黒髪に、凛々しいばかりのぴんと通った背筋。
間違いなく舞だ。
「佐祐理さんはどうしたんだ、あいつ」
いつもなら二人一緒に登校しているはずなのだが、今日は舞一人のようだ。
わき目も振らず、振り返る事もなく、舞はすたすたと学校へ向かって真っ直ぐに歩いている。
歩く度にサラサラ流れる髪は、距離が離れている俺にも艶やかに目に映る。
俺は舞に声をかけようと、やや駆け足に足を速める。
「おーい、ま・・・・いや、待てよ・・・?」
俺は足を止めて、親指を下唇にあてる。
「せっかくだし、ふっふっふ・・・・・」
いつも冷静沈着で、あまり感情を表に出す事がない舞。
あの夜の事件以来少しずつ感情表現が出てきた舞だったが、日頃はいつも静かな表情をしている。
という事で、ここは一つお兄さんが舞に感情表現を教えてやろうではないか。
そう、『驚愕』という表現を。
しかし、問題はどうやって舞を驚かそうかな?
1、後ろからこっそり近づいて大声を上げる
2、後ろからこっそり近づいて背中を一押し
3、後ろからこっそり近づいて背中に雪を入れる
俺は頭の中に浮かんだ案を一つ一つ検討してみる。
まず、2は却下だな。
以前夜の学校でこっそり胸に触わろうとした時に、舞が気がついて俺に剣を突き付けた事があるのだ。
まあ、そんな事をしようとした俺も悪いのだが・・・・
俺の邪念を敏感に察知できるらしいから、背中を押そうとしたら逆に突き飛ばされる可能性がある。
かといって、1を実行して舞が驚くだろうか?
ここで一つシュミレーションをしてみよう・・・・・・
『わっ!!!!』
『・・・どうした、祐一』
『い、いや、何でもありません』
恐らくこのように冷静に返される可能性が大だな。
それにこの道は学校へ一直線に続く道だから、他の生徒も大勢歩いている。
下手に大声を出すと舞どころか俺まで注目の的になってしまう。
となると・・・・・・・
俺は地面に中腰になって座り、朝日でやんわりと柔らかくなりつつある雪を一掻きすくう。
青空の下で日光に反射する雪はキラキラとしていて、どこか神秘的な輝きがあった。
俺は両手の平に雪をのせて、ゆっくりゆっくりと舞に気がつかれない様に近づく。
「・・・・・・」
舞は俺には気がついていないらしく、歩くスピードはそのままに雪を踏みしめている。
俺は口元を緩め、舞の背後へと距離を縮める。
傍目から見ると悪い印象を与える姿なので、心なしか俺の歩みも速くなる。
三メートル、二メートル、一メートル・・・・・よし、今だ!
俺が決心を固めて、舞の白いうなじ辺りに少量の雪を流そうとしたその時だった。
くるっ
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
無表情に見つめる舞に、雪を抱えたまま膠着する俺。
寸前で振り返られるとは思わなかった俺は、ただひたすらに固まるしかなかった・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
沈黙する俺と舞に、雪を踏みしめる音だけが俺達の周りを溶け合っていた。
な、何か言ってくれ舞!?
ここで黙られると、俺がどうすればいいのか分からなくなってしまう!
「・・・祐一?」
「あ、ああ、祐一だ」
何故か不思議そうに聞いてくる舞に、無難に答える俺。
「何をしている?」
う、いきなり核心をついてきたか!?
じーと俺の手元の雪を見つめたまま聞いてくる舞に、俺は冷や汗が頬を伝った。
な、何か言い訳を・・・・・と、そうだ!
俺は頭に閃いた事をそのまま口に出した。
「きょ、今日は降り積もった雪が奇麗だな、舞」
「・・・・?」
突然振られた話題に対応できないのか、舞は目をパチパチさせている。
「雪っていうのは地方の気候や自然の在り方で、その性質も変わってくるらしい。
その点では、この街に降る雪はどこかふわふわした柔らかい奇麗な雪だな。
という事で、今日一番の雪を舞にプレゼントだ」
俺は両手の平に積んでいた雪をぎゅっぎゅっと固めて、小さく丸い形になるように手を動かす。
大小二つの形に整えた雪をくっつけて、俺はミニサイズの雪だるまを作った。
俺はこの即席でこしられた雪だるまを、舞の右手にぽんと置いてやる。
「見ろ、舞!我ながら上手く出来た傑作品、『雪だるさん』だ!
ちょっと渡すのはおしい作品だが舞にあげよう。俺からのプレゼントだ」
「祐一からの・・・・プレゼント・・・」
ちょこんとどこか可愛く出来上がった雪だるまを、舞は恐る恐る手の平にのせてじっと見ている。
う、うーむ・・・・誤魔化しきれただろうか・・・・
舞からの返答が何もないのが、逆にどんどん俺の罪悪感を高める。
うおお、この緊張感はとても耐えられん!?
「そ、それじゃあ俺はそろそろ行くぞ。舞も遅刻しない様にするんだぞ!」
「あ、ゆうい・・・・・」
舞が何か言葉を発しようとしているのが分かったが、俺は足を止めずに走り去った。
心の中でひたすら謝りながら俺は学校へ辿り着き、校門をくぐる。
やっぱりあんな即席のプレゼントで誤魔化そうなんて甘かったよな・・・・・
今日の昼食時で、俺は謝る事を決意した。
「遅刻!?舞が!?」
「そうなんですよぉ〜、いつもきちんと定刻には来ていますからびっくりしました。
てっきり風邪か、何か病気になっちゃったのかなと思いました」
一日の時間割りの合間の昼休み、俺はいつものように屋上手前の指定席へ来ていた。
あの夜の事件後俺と舞と佐祐理さんはより親密になり、こうして昼に集まるのは当たり前になっていた。
「でもおかしいな・・・・・俺、朝舞と会いましたよ」
弁当の中の卵焼きをつまみながら、俺は佐祐理さんに言った。
ちなみに舞は何やら用事があるらしく、佐祐理さんの話によると職員室へ行ったらしい。
「そのようですねぇ、祐一さんにお会いしたと言ってましたから」
朗らかに笑って、佐祐理さんは水筒よりお茶を汲んでくれる。
本当に何から何まで気がつく女性である。
彼女を嫁さんに出来る男は本当に幸せ者だろう。
・・・・っと、それより気になる発言が。
「それじゃあ佐祐理さんは遅刻の原因を聞いたんですか?」
「はい、ばっちりですよぉ!」
控えめに胸を張って、佐祐理さんは少し得意そうな顔をした。
嫌みにならないどころか、どこか可愛らしく見えるその仕草に俺は頬を緩める。
「病気とかじゃないですよね、舞って」
少なくとも朝別れた時は、舞は普通に登校していた。
まあ少々俺が暴走してしまったが、だからといって体調不良に繋がる要因にはならないはずだ。
「勿論違いますよぉー、舞が遅刻したのは実は祐一さんに関係があるんですよ」
お、俺に!?
ま、まさか今朝の悪戯の件がショックで舞が落ち込んでしまったとか!?
だけど・・・・あれは一応未遂だった訳だし・・・・・・
心当たりがあるので俺が苦悩していると、佐祐理さんは楽しそうに俺に言った。
「身に覚えがありますよねぇ、祐一さん」
「うう・・・・・面目ない。まさかそんなにショックをうけていたなんて」
「当然ですよぉ。女性にとってすごく大切な、意味のある事なんですから」
柔らかく話す佐祐理さんの言葉が、俺の良心にズキズキ刺さる。
女性にとって雪をかけられるのは、そんなに精神的ショックが大きい事なのだろうか・・・・?
冷静に考えるとそんな事はないような気がするのだが、生憎今の俺には冷静さは消えていた。
「ま、舞の奴、そんなに・・・・?」
「ええ、すごく喜んでましたよぉ」
へ・・・・・?喜ぶ・・・?
言われた言葉の意味が分からずに、俺はもう一度反復した。
「よ、喜んでたんですか!?」
「ええ、祐一さんのプレゼントなんだって大切に持って帰ったそうですからぁ〜♪
きっと、今頃は冷蔵庫に大切にとっていると思いますよ」
冷蔵庫・・・・?あ、まさか!?
「ひょ、ひょっとして舞が遅刻したのは『雪だるさん』のため!?」
「あははー、そういえば舞もその名前を言ってましたねぇ。
祐一さんが作られた雪だるまさんなんですよね」
「ま、まあ・・・はは・・・」
舞の奴、そんなに喜んでいたのか・・・・
俺にとってはその場逃れに過ぎなかったのに、舞にはすごく大切な事だった様だ。
俺は恥ずかしいやら嬉しいやらで、心の中はぐちゃぐちゃになった。
「それにしてもひどいですよー、祐一さん」
「え、何がです・・・?」
にこにこ笑顔が一変して、佐祐理さんは少し拗ねたような表情になる。
「佐祐理の分の雪だるまさんはありませんでした」
「あ・・・・・・・・」
さすがにそこまで気が回らなかったので、俺はあたふたと言い訳をする。
「い、いや、あの・・・・・さ、佐祐理さんにもちゃんと作りますよ!
俺特製の『雪だるさん二号』をね」
「わあ、楽しみにしていますねぇ」
雪だるまにそこまで喜んでもらえると、俺としても嬉しかった。
それにしてもあんな雪だるまでも嬉しかったのか、舞は・・・・・・・
舞の、いや女心を知る事にはどうやらまだまだ俺は修行不足のようだ。
もっともっと接して知ろうとする事が大切かもしれないな・・・・・・
俺は改めてそう思った。
「あ、祐一さん!舞がそろそろ来ますよぉ!」
階段の手すりごしに下を見ると、確かに黒髪の上部がちらちらとこちらへ向かって進んでいる。
「じゃあ、あらためて一緒に昼食を食べましょうか」
俺はもう一人の分のお茶を水筒から注ぎ、俺の隣に置いた。
もう一人の大切な人を待つ為に・・・・・・
<終>
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