kanon 「静寂の奏でしメロディ」






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「ふう・・・・・・・・・」


 ほのかな春の陽光が舞い降りる部屋の中で、俺は心地よいまどろみに身を委ねていた。

快適な昼下がりの気候、雲一つない明るい青空に優しい風のせせらぎ。

俺がゆっくりと床でごろごろするのに何の障害があるだろうか?


「う〜、眠い・・・・・」


 意識はあるのに体は寝ている、人間には寝方の一つとしてそのような睡眠が存在する。

寝ぼけているのと感覚は似ているが、違いをあえて言うのであるならばこちらの方が気持ちいい。

ゆらゆらと水面に漂う感覚に匹敵する心地よさである。


(何にも予定のない休日。たまには部屋でごろごろも悪くないよな〜)


 健康的かどうかは別にして、俺はささやかな幸福感を味わっていた。

朝の弱い従姉妹に振り回される訳でもない、クラスメート達に翻弄される訳でもない。

空っぽの時間、真っ白な空白の一時。

言い方は様々に存在するが、実質俺のこの時間は誰にも邪魔をされる事はない。

自分だけにのみ許される幸福、そして孤立化している俺の領域が今を満たしている。


(昼飯を食べた後だからこのままゆっくり気持ちよく寝れそうだ。
これが青空の下の野原とかだったら最高だっただろうに・・・・)


 どこまでも続く青々とした草原の中で横たえる自分。

群青色の天井がどこまでも続いており、自分に触れるのは通り抜ける風の匂いと涼やかな流れ。

脳裏で想像してみると、自分が詩人にでもなったかのようなカッコ良さと爽やかさがあった。


(うーむ、悪くないな・・・・ものみの丘あたりで一度ねっころがってみるか)


 瞼の奥に浮かぶのは緩やかに流れる時間の中、丘で日向ぼっこをしている自分ともう一人だった。

もう一人・・・・・・?


(そういえば真琴の奴・・・・・・)


 今日は確か休みだったはずだと、ぼんやりとした頭の隅で思い出した。

朝方から今日はバイトも休みだから一日暇とか何とか騒いでいたはずである。


(まあ、俺にはどうでもいいかな・・・・)


 次々と浮かぶ考え事を全てシャットダウンして、俺は寝返りをうった。

季節柄ベットに横たえずとも気温は暖かく、夕暮れ時になっても身体には程よい。

このまま夜まで寝ても問題はないだろう。

という事でおやすみなさい、神様。今日という日をありがとう神様・・・・・・

なぜ神に感謝するのか自分でも分からないまま、俺は夢の世界へと旅立った。


「・・・・・・zz・・・・・・zzzz・・・・・・」


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・チン♪


(・・・ん?・・・・)


 強烈に俺の意識に介入する眠気の嵐の中で、妙な金属音のような変音が耳をくすぐる。


(・・・気のせいか・・・・)


 引っかかるものを感じるが、あいにくと今の俺はスリープモード100%である。

例え自然災害がいきなり襲い掛かったとしても、俺の眠気にはかなわないだろう。

勝利はわが手にあり!

奇妙な満足感を胸に、俺は再び夢の中へ旅立った。


「・・・・zzzz・・・・・zzzzz・・・・・・・・」


 ・・・・・・チン・・・・チン・・・・チ〜ン♪


(・・・・な、何かまた聞こえなかったか?)


 どうやら先程の音は俺の気のせいではないようである。

確かにどこからか微妙なリズムを持って、俺の部屋内に響く音が存在している。

気にあるといえば気になる事柄であるが、生憎と今の俺には睡眠が第一優先である。

何者にも勝るこの決定事項を覆すことは例え秋子さんにもできないだろう。

そんなありえもしない強気な考えを持って、俺は半強制的に意識を遮断する。


「・・・・・・・・・・・zzz・・・・・・・・・・」


 チン、チン、チン、チーン、チン、チン、チン、チーン♪


(・・・無視だ、無視・・・・・・・・)


 寝返りをやや勢いよくうって、俺は春の装いを武器に心身を休息させる。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・zz・・・・」


 チン、チン、チン、チーン、チン、チン、チン、ジ〜ン♪


(・・・・・・い、今微妙に音程がずれてなかったか!?)


 自分でもまずい傾向だと気がついてはいるのだが、生まれ持っての性なのかつい気になってしまう。

聞こえてくる音量からすると、二階のどこからかより誰かが何かを鳴らしているのだろう。


(口出しは無用・・・)


 いちいち知らない誰かが勝手に何かをしたところで関わる理由も意味もない。

自分だってせっかくの休日をのんびりと満喫したいのだ。

知らないふり、知らないふり・・・・・・・・・


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・z」


 チン、チン、チーン♪チン、チン、チチン♪


(無視、無視)


 チン、チン、ジーン♪チン、チン、ジ〜〜ン♪


(む、無視・・・・・・・・)


 チン、チン、チーン♪チン、チン、チ〜ン♪チン、チチチチン、チン、チン、ジーン♪
チン、チン、チン、ジーン♪ジ〜ン、チーン、チーン♪


(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)


 チ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン♪


「うるさいわぁぁぁぁぁぁ!!!!!全然寝れないだろうがぁぁぁぁ!!」


 がばっと起き上がり、俺はそのままの勢いで自室のドアを思いっきり開ける。

気持ち良さも何もあったものではない、気分は最悪である。


「誰だ!チンチンチンチンさっきからうるさく鳴らしているのは!」


 今までこの家に住んで以来聞き覚えのない金属音である。

誰かがお皿を割ったとか、棚から金属類を落としたとかそういう自然的理由ではないだろう。


「うにゅ・・・・どうしたの、祐一?大声出して」


 のそりと隣の部屋から寝巻き姿の名雪が出てくる。って・・・・


「お前、また寝てたのか・・・・・」


 確か先ほど糸目ではあったが起きて来て、一食に昼ごはんを食べた所である。

食べ終わった後機敏な動作で部屋まで歩いていったので、部屋で着替えるとばかり思っていたのだが。


「うん、今日は気持ちがいいからゆっくりと寝るつもりだよ〜」


 普段より1,5倍増しののんびりさで、名雪はゆっくりと頷いた。


「昨日、お前は早寝だっただろうが。これ以上寝てどうするんだ」

「うにゅう〜・・・祐一、人間寝る子は育つんだよ」


 もう十分に育っているような気がするのは俺の気のせいだろうか?

まあ胸とかの女性面的成長に関しては育っているかというと激しく疑問を覚える。


「・・・・祐一、今ちょっとひどい事考えなかった?」

「キノセイサ」

「片言だよ、祐一」


 く、半分寝ぼけているのに妙に鋭い従姉妹である。

自分に不利な展開にこれ以上ならないように本題に入ろう。


「ところで名雪、お前はいびきはうるさい方か?」

「いびき?う〜ん、自分でも聞いたことがないから分からないよ〜」


 少し困った顔で、名雪は俺に視線を向ける。


「でも、どうしていきなりそんな事を聞くの?」

「いや、さっきから俺の安眠を妨げる音が部屋内に響いてな」


 今は止まっているが、先程までは恐らくこの廊下にも響いていたはずである。

となると必然的に隣の部屋の名雪が聞こえていた可能性、もしくは名雪本人が仕組んだ可能性がある。


「ひょっとして・・・チンチン〜って鳴っていたさっきの音のこと?」

「おお、やはり心当たりがあるか!
いかんぞ、名雪。仮にも女の子がチンチン鼾をかくのはどうかと思うぞ」

「わ、私じゃないよ〜」

「犯人はみんなそう言うんだ。大人しく俺にごめんなさいと三回言うのだ。
そしたらイチゴサンデー五杯で許してやらん事も無きにしも非ずだ」

「言っている事がすごく失礼だし、最後のほうがよく分からないよ」


 不満げに頬を膨らませながら俺に抗議する名雪。

犯人は名雪ではないとすると、やはり容疑者は第一要注意人物であるあいつしかないだろう。


「とりあえず名雪も聞こえたんだな。
すると、犯人はやっぱりあいつか・・・・・・・・」


 俺は名雪の部屋よりさらに隣の部屋を見る。

何時の間にか家族の一人となり、何時の間にか目を離せない存在となった女の子。


「また、何を企んでいるんだあいつは。以前で懲りたかと思えば・・・」


 俺と願いが叶い帰ってきたあいつは、その後いつもどおりの生活に戻った。

本当にそれはいつもどおりの日常で・・・・・

まるで今までの事が嘘の様に何にもない、平和で緩やかな毎日が帰ってきた。

ただ一つだけ変わった事というと、あいつが俺に対してちょっかいをかけてこなくなって来た事だ。

『大人になったのよっ!』というのが本人の弁だが、俺は流石にそれをすんなり認める事ができなかった。


「何が大人になったんだか・・・・また、こうして悪さを再開させるようになったか」

「・・・・・」

「・・・・何だ?どうして笑っているんだ、名雪」


 不平を漏らす俺をじっと見て、名雪はどこか楽しそうに微笑んでいる。

俺に向けられる笑顔がどうもくすぐったく感じて、俺は必要以上の悪態をついてしまった。


「だって祐一、真琴のちょっかいを期待しているみたいに見えるよ」

「期待!?俺がか!?」


 冗談じゃない!?毎夜毎夜襲う二度と御免だぞ!

色々と抗議してやりたかったのだが、なぜか名雪の笑顔に俺の拒絶が相殺されてしまう。


「そうだよ。祐一、いつも真琴の事を気にかけているんだよね。
真琴の仕業かって言ってた時もどこか嬉しそうにしてたよ〜」

「あ、あのなあ・・・・・・」


 照れくさいやら恥ずかしいやらで俺は何も言えず、ただ黙って頬を掻くしかなかった。

そんな俺を微笑ましそうに見つめながら、名雪は俺に口を近づける。


「でも、祐一は勘違いしているよ。真琴はね、祐一を困らせるためにやってるんじゃないよ」

「・・・?どういう事だ?」


 名雪の言葉の意味がさっぱり分からずに、俺は目をぱちぱちさせる。

すると名雪はさらに俺に近づいて、まるで内緒話をするようにひそひそ声で続ける。


「真琴って今、保育園でアルバイトをしていることは知っているよね?」

「ああ、秋子さんの口利きで新しくまた入ったんだろう。今日は休みみたいだけど」

「実は祐一に内緒にしておいてくれって頼まれてたんだけど・・・・・」


 名雪はそこで考え込む様に言葉を濁らせていたが、やがて顔を上げて言った。


「もうすぐ園内の演奏会があるらしくて、真琴も参加する事になったんだって。
それで今練習しているんだよぉ」


 ぜ、全然知らなかった・・・・・・・・

あいつはそんな事は一言も言ってなかったぞ、俺には・・・・・・・・・

真琴には一番近い存在だろうと心のどこかで思っていた自分。

でもあいつ自身が成長し自立していけば、ひょっとするともう俺は必要がなくなるのかもしれない。

そう考えると、どこか自分の中で物悲しい感情が芽生えるのを自覚する。

俺のそんな表情に気がついてか、慌てて名雪は手をぶんぶん振る。


「ゆ、祐一何か勘違いしてない!?
演奏会は家族も参加していいらしいから、祐一に演奏を聞かせるんだって真琴が張り切っているんだよ」


 え・・・・・・・・?


「練習している所を聞かれたくないから保育園でずっとやってたんだけど、
時間がないからってこっそり部屋で練習しているみたいだよぉ」


 そ、そうだったのか・・・・・・

安堵と気恥ずかしさは溢れる喜びで、俺はどっと肩から力が抜ける。


「なるほど、内緒の発表会ってわけか」

「うん、!でももう練習している所を聞かれたみたいだから、私が話しちゃったけど・・・・」

「気にすることはないって。どの道、お前が話さなくても俺が部屋をのぞけば一発だったからな」


 まったくどこかぬけているんだよな、あいつは・・・・・・・

部屋の中で練習をしていれば聞かれないとでも思ったのだろうか?

やはりいくら成長してもあいつはやはり沢渡 真琴なのだ。

本人である限り、真琴である限り、それは決して変わらない・・・・・・


「やれやれ、しょうがないな。知らない振りをしておいてやるか」

「・・・・それが一番いいと思うよ。真琴も頑張っているみたいだから」


 何気なく名雪と二人で真琴の部屋の扉の外から耳を当てると、中から苦戦している様子がありありと判る。

チン、チン、チン〜♪チン、チン、ジ〜ン♪


『あぅーっ、うまくできない・・・・楽器って難しすぎるわよぅっ!!』


 俺は苦笑しつつ、名雪に最後に疑問に思っている事を聞いてみる。


「真琴が演奏する楽器って何なんだ?」

「打楽器の一つだよ。よく保育園や幼稚園で使われる簡単にカンカン叩けるあれだよ」


 にこやかに名雪は説明するが、どういう楽器なのかはっきりとわからなかった。 

でも、後の楽しみにする事だってできる。今から無理に聞き出すことはない。

俺は純粋にそう思えた・・・・・・・・・


『ふう、こうなったらやってやるわよ。祐一をびっくりさせるんだから!』


 真琴の威勢のいい声がドアを通して俺に聞こえてくる。

何も言わず、声をかける事もなく、俺達はそっと真琴の部屋から離れた。

真琴の初めての隠し事であり、挑戦でもある演奏会。

そこで聞かされる真琴の成長の証がどれほどの音色を奏でるか、今から俺は楽しみで仕方がなかった。





  頑張れよ、真琴・・・・・・・・・














<終>

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