瞬きせずに見つめて




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 秋は昼の世界の短さを如実に実感させる。

少し前じんわりと浸透する暑さが町中を浸透させていた時、居間の窓からは山吹色の光が差し込んでいた。

だが今こうして窓から外を見渡すと、遠目には見え難くなる程の影が景色をぼやけさせている。

俺はその光景にじっと寒さを感じ、スッと窓を閉めた。


「祐一、早く決めなさいよ!外なんて眺めてないで!」

「ふ、お前みたいなガキんちょには分からないだろうな、真琴。
季節を肌で感じる事なんて・・・・・・・」


 遠い目をして、俺はとつとつと語った。

だが真琴にはまるで逆効果だったらしく、瞳を剣呑とさせる。


「馬鹿な事言って誤魔化そうとしてもそうはいかないわよぅ!
明日までに決めるって言う約束でしょう」

「分かってるよ。まったくこんな奴に助っ人を頼むんじゃなかったな・・・」


 俺はぶちぶち文句を言いながら、真琴の対面のソファーに座る。

水瀬家の居間は季節にあわせて空調を調節しているらしく、年中過ごしやすい気温になっている。

俺はくつろいだ気分でゆったりとソファーにもたれかかった。


「ごろっとしてないで早く決めなさいよぅ!
真琴の時はあんなに電話を急かしたくせに」


 テーブルの上に置いてある山のように積もっているある雑誌類をバンバン叩いて抗議する真琴。

相変わらず短気な所は変わらないな、こいつ・・・・


「お前の場合は押しかけの居候の立場だったからだろうが。
毎日ごろごろされちゃたまらないと俺が気を使ったんだぞ」

「祐一も似たような立場じゃない!」


 そんな訳ないだろうと言いかけて、はっと口を閉じる。

自分がここへきた経歴を考えてみると、秋子さんへの負担は真琴と変わらない感じがする。

うーむ、真琴にしては鋭い意見をするじゃないか・・・・・・・

やや感心しながら、俺はぺらぺらと一冊の雑誌をめくり始める。


「なかなかいいのがないんだよな・・・・」

「何がいいのがないの?」

「おうわっ!?」


 突然の背後の声に、俺は腰を浮かせてしまい雑誌を取り落としてしまう。

真琴はそんな俺の様子を見て、あははと笑った。


「今の祐一の顔ぉ〜!ドブ川で浮いている魚みたい」

「その例えの意味がよく分からん?」


 あまり想像したくもない真琴の嫌な指摘にこめかみを引き攣らせつつ、俺は首だけくるりと後ろに向ける。

そこにはきょとんとした顔の私服姿の名雪が立っていた。


「名雪か。夕飯だったらもう少しだって秋子さんが言ってたぞ」

「別にご飯の催促に来た訳じゃないよ〜」

「なるほど、お小遣いの催促か。お金はもっと計画的に使わないと将来はげるぞ」

「別にお小遣いに困っている訳でもないよ!
それに祐一の言っている事、意味が分からないし・・・・」

「祐一の言うことに意味があった事ってあった?」


 こら、真琴!?

何をそんな不思議そうな顔をして人聞きの悪い事を言っている!


「それもそうだね」


 名雪も笑顔で頷くなよぉぉぉ!!

そのまま真琴の隣にちょこんと座った名雪の言葉に、俺は頭痛を感じて額を抑える。

二人を相手にしていると疲れてくる・・・・・・


「私は暇だったから下に降りて来ただけだよ。祐一は何をやってたの?
真琴と二人で」

「見て分かるだろう。
俺は誰かさんのように、最近夜になったらすぐに寝るだらけた生活はしていないからな」

「人聞き悪いよ〜、祐一。私は八時になったら寝るようにしただけだよ」


 それもどうかと思うのだが・・・・・

俺にとっては、いや今の高校生にとっては八時は夜の始まりの時間ではないだろうか?

小学生でももうちょっと遅く寝るぞ。

俺が思案げにしていると、名雪が不満そうにこちらを見ているので慌てて思考を遮断する。

俺が何を考えているか、長い付き合いのこいつなら察知されかねない。

少し沈黙が過ぎて、名雪は口を開いた。


「それで本当に祐一は何をしていたの?」

「さっき言っただろう」

「全然答えてないよ〜」

「宿題だ。俺は模範生を目指しているからな」

「絶対祐一には無理ね」

「お前は黙ってろ!」


 したり顔で頷く真琴に、俺は睨みを利かせてそう言った。

最近真琴にまで馬鹿にされつつあるので、ここいらで威厳を見せなければいけない。

・・・無駄な努力かもしれないが。


「もう、祐一真面目に答えてよ。教科書も参考書もないよ」

「俺にはそういう俗物な書物は必要はないのだ」

「えーと・・・アルバイト雑誌?」

「そうそう。
祐一が生意気にもアルバイトをしたいから買って来てくれって言われて、真琴が買って来たのよぅ」


 俺の言葉を無視して、話を進める名雪と真琴。

こ、こいつらは・・・・・・・


「ふーん、そうなんだ・・・
でも、どうしてこんなにいっぱい買ったの?」


 テーブルに積まれた雑誌類の数々をまじまじと見つめて、名雪は驚いた顔をする。


「ふふ・・・知りたいかね、名雪君」

「う、うん。こんなに必要ないんじゃないかなって思うから」

「それはだね、事情を説明すると・・・・おっと、どこへ行くのかな真琴君」


 こそこそ逃げようとしている真琴の襟首を、俺はむんずと掴んだ。

真琴は額に汗を一筋流して、弱々しく抵抗しながら答える。


「ちょ、ちょっと用があるから出かけてくるわ」

「嘘つけ。今日は暇だからバイト探しに付き合うって約束しただろうが」

「あ、あぅ〜、ちょっとトイレ・・・・」

「後でいけ。今、名雪に大切な説明をしないといけないだろう?
な・ん・で、こんなに大量の雑誌を買い込んできたかの説明をな!」


 真琴の可愛らしい小さな頬をつねりながら、俺は名雪に向き直った。


「実はだな、ちょっとバイトをしようと以前から考えていてな。
今日時間もあったから、雑誌で探して決めようと思っていたんだ」


 近頃は不景気の影響か、就職関連の雑誌が本屋等に目立つようになってきている。

就職形態もさまざまで、一般社員からアルバイトと雇用に相応の形式が形付けられるようになった。

真琴のように秋子さんに頼んでも良かったのだが、さすがにこれ以上の面倒はかけたくなかった。

あの人には毎日お世話になっているからだ。


「で、俺はこいつが暇そうにしてから買い物を頼んだんだ。
『アルバイト情報誌』を買ってきてくれって」


 俺がじろりと睨むと、真琴は居心地が悪そうに首をすぼめる。


「ま、真琴にこういう雑誌を頼んでも大丈夫なの?
いっぱいあるから難しかったんじゃ・・・・」

「あぅー、そうよぅ!全然分からなかったのよぅ!
『あるばいとじょうほうし』って本、本屋さんの人に聞いて場所を教えてもらったんだけど、
いっぱいあってどれか分からなくて・・・・」

「だからって、売り場にあった雑誌ありったけ買ってくる事はないだろう!」


 テーブルに積まれた雑誌の数々を見て、俺は深くため息をついた。

全部読むだけでも、今夜中では終わりそうにないかもしれない。

俺の言葉に真琴がしょぼんとしていると、名雪が見かねたのか助け舟を出した。


「真琴は真琴なりに一生懸命祐一の役に立とうと頑張ったんだよ。
祐一、許してあげて」

「あぅー、名雪・・・・・」


 俺が手を離すと、真琴は名雪の傍に行ってもたれかかる様に座った。

名雪は優しく微笑んで真琴の頭を撫でて、俺をじっと見る。

う・・・・そういう目で見られると・・・・

惚れた弱みか、俺は名雪のこういう真っ直ぐな視線に弱い。

あんまり真琴を責めるのも可哀想だし、この辺で許してやるかな・・・・


「分かった、分かった。もうこれ以上は責めないよ、真琴」

「本当に!?」

「ああ。その代わり保育園のバイト代がもらったら、肉まんくらいおごれよ」


 雑誌にかかった経費は痛いが、さすがにそのお金を請求するのは気の毒である。

俺の言葉に、真琴は照れながらも態度は渋々といった感じで了承する。


「しょ、しょうがないわ・・・・た、たまには祐一に恵んであげないと餓死しそうだし」

「俺は浮浪者か!?」

「まあまあ、仲直り仲直り」


 名雪にやんわり静止されて、俺はソファーに座りなおした。


「さて、長話が過ぎたな。さっそくバイトを探す事にしよう」

「あ!私も手伝うよ、祐一!」


 名雪がちょこんと手をあげて、小さく微笑んだ。


「いや、さすがにそこまで甘えるわけには行かないからいいよ。
真琴と二人で探すから」

「別にやる事もないからいいよ。えーと・・・」


 相変わらずのマイペース振りを発揮して、名雪は手元の雑誌をめくり始める。

俺は何をいっても無駄だと分かって、名雪とは別の雑誌を取って読み始める。

なるべく近い場所で時給がいいのはないかな・・・・

しばらく黙って三人で雑誌を見つめていたが、名雪がふと顔をあげてこっちを見る。


「祐一」

「何だ、名雪」

「どうして急にバイトを始めようと思ったの?今までそんな事一言も言ってなかったのに」


 名雪の何気ない質問に、俺は事情を話していいものかどうか迷った。

だが秋子さんの事故の事が脳裏に浮かび、俺は話す決心をした。

あの事件以来、俺は名雪には隠し事はせず本音でと決めたのだから・・・・


「俺ってさ、これまで色々と秋子さんや親にお世話になってきているだろう。
もうそろそろ高校生も卒業して大学とかに進むだろうから、
これからの事を考えて、親とかに負担かけないようにしようと思ったんだよ」


 かといって、バイトで負担がなくなるとまで俺は考えてはいない。

正式に社会人の一員になる訳ではないから、やはり負担はかけてしまうだろう。

だけど、せめて何らかの形で自立を果たしたいと俺は考えるようになっていた。

言ってみれば、このバイト探しは最初の第一歩みたいなものだ。

俺はとつとつと話し終えると、名雪は感動したように瞳を潤ませる。


「すごいね、祐一は。大人だね・・・」

「・・・・馬鹿野郎。俺はこうして考えられるようになったのは・・・」

「・・・のは?」


 お前のおかげだよ、名雪・・・・・

お前が見ていてくれたから、お前が教えてくれたから。

お前がいてくれたから、俺は今ここでこうしてやれるんだ・・・・・・・・


「さてと、バイト探し〜、と。真琴、いい待遇のやつ見つけろよ」

「あ、ずるいよ!?ちゃんと教えてよ、祐一」

「あぅー、よく分からないよぉ」

「まったく。いいか、まずバイト探しの基本は・・・・」

「無視しないでよ、祐一〜」





 涼やかな風が吹き始めた季節の夜。

暖かい夕食を待つ家の中に、優しい温もりがいつまでも絶える事なく広がっていた。




















<終>

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