あしたは晴れますように
――ジュエルシード事件。山と海に囲まれた自然の町海鳴で起きた、悲劇と喜劇の事件。
遠い世界の果てより落ちて来た蒼い宝石、願いを叶える力を持った21のロストロギア――それが全ての始まりとなった。
奇跡に群がるのは、欲深き愚かな人間達。金目当てに拾った男、命欲しさに奪う女。
そして母親の愛だけを願って求めた、一人の少女。フェイト・テスタロッサ。
ジュエルシードは、孤独な魔法少女の願いを叶えなかった。
奇跡はただ暴走するばかり、求める人の想いは歪み狂って、争いだけを生み出し、心を引き裂いた。
奪い合いの果てに待っていたのは、残酷な真実。悲しみだけしか遺されていない、結末。
女は狂っていた。少女は狂ってしまった。男が、狂わせてしまった。
男が振るう剣は魔法少女の心を切り裂き、傷から溢れ出す血が涙となり、後悔に打ちのめされて倒れた。
――救いの手は神ではなく、無力な人間が差し伸べてくれた。
優しさの中に強さを宿す海鳴の住民、強さの中に優しさの在る異世界の人達。
複雑に絡んでいた事件を紐解いて、過ちは正されていった。
最後の決着は当事者だけで行われ、世界とは関係の無いところで悲しみは終わりを告げた。
結局大きな事件にもならず、世界に波風一つ立たず、今を生きる人達には無縁となった悲劇。
間違たことは沢山あったけど、やり直す機会は等しく皆に与えられて。
今ここに、至る。
第34無人世界、マウクラン。時空管理局が管理下に置いている次元世界の一つで、自然豊かな大地が育まれている。
外的な現実世界との交渉を絶ち、経済社会の影響から隔離された大地。人が立ち入る事のない、緑の牢獄である。
世界とはいえ実質管理局の監視が行き届いたこの世界に今日、俺達は許可を貰って訪れた。
「犯罪者の流刑地にしてはのどかな場所だな……」
「犯した罪によって、送られる世界も異なってくる。彼女は情状酌量の余地があるし、司法取引も成立した。
何より――肝心の被害者が被害届も出さず、白を切り続けたからな。おかげで、裁判では一苦労だった」
「睨むなよ……お前らには、素直に話しただろう」
「――まあ、最悪の結果にならずに済んだのでこれ以上追求はしないが」
随分な物言いだが、こいつがジュエルシード事件に尽力してくれたおかげで無事に解決したのだ。功労者を責めるのはやめておこう。
今日も日々の激務の中わざわざスケジュール調節をして、この少年クロノ・ハラオウンが同行してくれた。
他の管理局員だと融通が利かないので、事情を知るクロノが監視役となってくれたのは本当に助かった。
民間人が気軽に来れない世界だからな、此処は。この地で静かに暮らす、あの母娘に会うのも局員の同行が必須だった。
「くれぐれも言っておくが、無用な騒ぎを起こさないように。辺境とはいえ、管理局の法で統制された世界だ。
僕が同行しているからといって、大目には見ないからな」
「ということは、大型花火も駄目なのか。祝砲代わりに、花火職人に注文した特別製を持って来たんだが」
「没収だ!」
しまった、黙っておけばよかったか。持ち物検査のみならず、身体検査までされて所持品の殆どを没収されてしまった。
憤然とする執務官殿に、言い訳をする俺。いつもながらの光景を、一人の少女が楽しげに見つめている。
ジュエルシード事件の重要人物であり、高町なのはの友人――フェイト・テスタロッサである。
「クロノ、怒らないであげて。アリシアと母さんに喜んで貰いたくて、リョウスケも一生懸命考えてくれた結果なの」
「努力する方向を間違えているから、言ってるんだ。母さんやエイミィもそうだが、君達はこの男を甘やかし過ぎる。
アリシア・テスタロッサの誕生日を祝いたい気持ちは分かるが、問題行為に発展すれば台無しになってしまうだろう。
一生に一度の記念すべき日だ、最高の形で思い出としてほしい」
「……こいつが一番、はしゃいでないか?」
「ふふ、誕生日プレゼントも真剣に考えていたんだよ」
「フェイト!!」
プレシア・テスタロッサの愛娘、アリシア。今日は彼女が誕生した、記念すべき日だった。
アリシア・テスタロッサがこの世に生を受けた日――ジュエルシード事件の関係者にとって、その事実は非常に尊い。
本来なら、決して祝えなかったであろう一日。喜びを持って迎えられるのは、どれほどかけがえの無い事か。
堅物な面のあるクロノでさえ、贈り物を検討するのも頷ける。他人に興味が無い俺でも、こうして本人に会いに来ているのだ。
誕生日を祝う目的で来た事は本人達には伝えていないが、サプライズに意味は無いだろう。
母親であるプレシアが、一番喜んでいるだろうから。
「リョウスケ。私の今日の服装、変じゃないかな……? 母さんやアリシアに、笑われたらどうしよう。
なのはが選んでくれた服なんだけど、こんな綺麗なドレス――私に似合うのかな」
「……」
「君に聞いているんだ。僕に、眼差しを向けないでくれ。素直な感想を伝えればいいだろう」
そう言いながら、勝ち誇った笑みを浮かべるクロノ。管理局員のくせに、民間人の味方をしないとは許せん!
羞恥と期待に頬を赤らめて、フェイトが俺を見上げている。世界で一番の理解者である親友のセンスが窺える、シックな黒のドレス。
漆黒の華に送る感想なんて一言しかないが、言葉にするには酷く躊躇われる。なのはのように、自分の心は素直に出来ていない。
「ま、まあ……悪くないんじゃないかな……」
「……ありがとう、リョウスケ」
「君達はもう少しお互いを見て、話したらどうだ」
直視して言えるか、こんな事。笑いを含んだクロノの指摘に歯噛みして、俺はさっさと歩いていく。
からかうのは好きでも、からかわれるのは嫌だ。意地悪い性格ではないが、日頃苦労をかけている分仕返しされそうだった。
一歩、降り立った大地――プレシア・テスタロッサとその娘アリシアの住む、世界。
「プレシアやアリシアに会ったら、よろしく伝えておいてくれ。遠くから監視はさせてもらうが、邪魔立てはしない」
「遠慮なんかしないで、一緒に来ればいいだろ」
「……局員の僕が同席では、彼女達も気兼ねなく過ごせない。事務的な話は既にしているからな。
裁判も終わり、プレシアも罪を償っている。僕がこれ以上関わる事ではないよ」
冷たい台詞でにも、寂しい言葉にも聞こえた。けれど決して薄情ではないと、長い付き合いで理解出来た。
悲劇を生まない為の、正義の象徴。その存在そのものが、起こした事件を思い出させてしまう。
己の罪を認めて償っているものに、罪を思い出させる事に何の意味があるのか。
終わった事件を振り返らないのは、過去を思い出させない為。彼は職務に忠実であり、被害者と加害者の両方を思い遣っている。
「……お前も大変だな」
「やり甲斐はあるさ。どうにもならない事は確かに多いが、どうにか出来る事だってある。ジュエルシード事件もそうだった。
現地へ急行し、君やなのはの協力を得て、次元犯罪を未然に防ぐ事が出来た。
プレシアもアリシアも人生をやり直し、なのはやフェイトも元気に生きている。それだけで、僕は十分だ」
見返りなんて求めないと、聖人めいた事は言えない。彼らもまた、人間なのだから。
笑顔が必要なのだ。悲しみで終わらせるのは、あまりにも辛いから。守れたのだという実感があれば、自分の正しさを信じられる。
俗物だとは思わない。正しい事の積み重ねで、クロノ・ハラオウンはこのように立派な人間になっている。
羨ましいとは、思うけどな。
「だったら代わりに、俺が挨拶しておいてやるよ。あいつらも、お前には感謝しているだろうからな」
「ああ、よろしく頼む」
罪を償うにはこの世界はあまりにも美しく、平和に満ちている。苦痛すら感じるほどに。
ジュエルシード事件の結末を、俺は見届けなければならない。事件を起こした当人と、その原因に会う事で。
それがきっと、深く関わった者の責任だと思うから。
『リョウスケ、フェイト、来てくれたの!? やっと皆で家族になれるね!』
「ちなみに、俺の立ち位置は?」
『わたしの旦那様。結婚出来る年齢になったのよ、きゃっ』
「うわ、成仏させてえ……嘘だから、そんな物凄い目で睨むな!」
草原に建てられた、一軒家。豪華ではないが、見栄えの良い屋敷。静かな生活を営む、母と娘の家にお邪魔させてもらう。
案の定と言うべきか、誕生日祝いに来た事はばれており、食事の準備までされていた。
家族パーティの主賓は美少女幽霊のアリシア。
そして――飾らない洋服を着た、一人の女性。プレシア・テスタロッサだった。
「遠くからわざわざありがとう。アリシアも貴方が来る日を、本当に楽しみにしていたのよ」
『フェイトも待っていたのよ。メールと電話ばっかりで、お姉ちゃん寂しかったんだから』
「ごめんね、アリシア。これ、私からの誕生日プレゼント」
『フェイト……ありがとう!!』
和気藹々と、金髪の姉妹がとてもよく似た笑顔を向け合っている。その様子を見つめるプレシアも、とても穏やかで。
立ちいってはいけないものを感じながらも、この場に居られる事にほんの少しの誇りを持てた。
奇跡というものが本当にあるのだとしたら、俺の法術ではなく――俺を助けてくれた人達の、力だろう。
『今日はね、わたしがご飯を作ってあげる。オムライスの作り方を、教えて貰ったんだ』
「お前、自分が幽霊だという事を忘れているだろう?」
『ふふふ、だいじょーぶ! わたしには、フェイトという、可愛い妹がいるんだから!
……一緒に作ってくれる? フェイト』
「うん。私と一緒に作ろう、アリシア」
テスタロッサの姉妹の、合作。文字通り一心同体となって、料理を作る。微笑ましいが、大丈夫なのだろうか?
アリシアはフェイトを引き連れて、キッチンへ。男は立ち入り禁止だと理解しているので、テーブル席で大人しく待たせてもらう。
対面には、プレシア。ジュエルシード事件で悲しみを終わらせた彼女に、険はない。
「貴方やフェイトが来ると賑やかね、あの娘は。普段はもっと、大人しいのよ」
「実に信じ難い事を、今聞かされた気がする。出逢った時から、姦しいぞ」
「はしゃいでいるだけよ。可愛いじゃない」
――自分の娘なのだから、当然だろうよ。付き合わされる俺が疲れるんだよ。
皮肉を込めて言ってやるが、笑われただけだった。静かな生活で、彼女の心にも余裕が生まれている。
プレシアにとって良い傾向なのだろうが、大人の女性にいい思い出がない俺には多少気構えしてしまう。
「病気の方はどうだ? 前に会った時より、少し太ったかな」
「顔色が良くなったと、言って欲しいわね。随分と体調も良くなって、咳も出なくなったわ。
此処の空気が合っているのかもしれないわね……とても静かに、時間が流れている」
プレシアの過去が、本人より聞かされている。他人に追い立てられた半生、過ぎ去った時には何もかも喪っていた。
その後は自分を追い詰めて、流れ去った時間を取り戻そうとした。理不尽な世界を、覆して。
そんな彼女を止めたのは、不平等な現実を懸命に生きるなのは達、そして――無くしたはずの、娘の想い。
「フェイトの事も、少しは受け入れてくれたのか?」
「貴方が言ったのでしょう。クローンであっても、私が作ったのなら娘なのだと。
少し、遅かったけど……思い出せたのよ。アリシアが、自分の妹を欲しがっていた事を。
私が仕事で忙しくても、妹がいれば寂しくないって。本当に愚かな母親ね、私は……失ってから、気づくなんて」
「失ってはいないだろう。あんたが望んだ願いは、叶えられている」
「叶えてくれたのは、貴方よ。本当に、ありがとう」
首を振る。奇跡なんて、自分から望んだ事はない。世界を壊してまで欲しいと思うものも、俺には持てない。
願いを叶えるには、強い想いが必要。俺はそんな強さを持つ人達に、助けられただけだ。
他人との出逢いが、自分の人生を変えるきっかけとなった。
俺との出逢で彼女が救われたのなら――出逢う為に行動を起こしたプレシアこそ、本当に凄いのだと思う。
「受け入れている割に、肩に力が入っているように見えたぞ」
「なかなか変えられない事もあるわ。あの娘だって今も、私を母と呼ぶ時に一呼吸置いているのよ。
そんな態度を取られたら、こっちも緊張してしまうわ」
「自業自得だろう、それは」
それでも笑い話と出来るのは、やはりあの時から時間が過ぎているからだろう。
どのように時間を過ごしたか、それこそが自分の人生を決めていくのかもしれない。
時間の経過に変化が訪れる瞬間――海鳴町に流れ着いた時、俺は感じ取れた。
「あんたやアリシアにとって、フェイトの存在は神様からの贈り物になったのかな」
「神様じゃないけど、そうね……あの子は、私にとって授かり物なのかもしれないわね」
出来損ないのガラクタに扱われたフェイトが、プレシアにとって宝物になりつつある。
内面の変化で価値が変わるのだとすれば、フェイトの努力によって路傍の石から宝石へと磨かれたのだろう。
フェイトは本当に綺麗になったと、思う。
「それをフェイト本人に言ってやれば、本当の親娘になれるのに」
「馬鹿を言わないで。私から、言えるものですか」
本人には言えないのは、俺も同じだ。何年経っても似たもの同士だと、俺達は声をあげて笑う。
これから先、彼女たちがどのような人生を送るのか、分からない。もう俺が関わる事でもない。
こうして時折会いに来れたとしても、密接に関係する事もないだろう。俺にも他に、やるべき事はある。寄り道は出来ない。
俺はクロノとは、違う。彼女たちが幸せになる事なんて、願ったりはしない。
『リョウスケ、出来たよー! 食べて、食べて!』
「ア、アリシア!? お、落ち着いて!?」
この家族に――魔法使いは、必要なさそうだから。
<完>
|
小説を読んでいただいてありがとうございました。
感想やご意見などを頂けるととても嬉しいです。
メールアドレスをお書き下されば、必ずお返事したいと思います。
[ INDEX ] |
Powered by FormMailer.