kanon 「桜咲く季節に 第二十九話」
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『未来里』、あいつが住んでいる所は地図にはないだって!?
北川の言葉に、俺はしばし言葉を出せずにいた。
静寂した図書室内に、ただ廊下の生徒達の声が響く・・・
「日本の地図にないっていう事か?それともこの学校の資料の地図にはないって事か?」
やがて北川の言葉に動揺しながらも、俺は問う。
「この図書館内の資料は大抵は揃っている。
まあ高校生とはいえ、今の教育制度は私立でも整えられてきているからな。
うちの学校も定められた期間で、生徒のリクエスト、先生の要望に沿って
書物はそろえられているんだぞ、ここは」
北川の言葉に続けるように、天野が口を開いた。
「この学校は書物類の要望には寛大でして、生徒会の意向にもよりますが、
大抵の希望の書物類は購入は可能です。
私達図書委員は、その配列と整理、受理を担当する事もあります」
へえ、そういう制度になっていたのか、ここは・・・・・
今はじめて知る事実に、俺はただ感心した。
「じゃあ今度リクエストする時は・・・・」
「漫画などの娯楽物は駄目ですよ、相沢さん」
「・・・・まだ何も言ってないぞ・・」
「直感です。それに相沢さんが哲学などの書物に興味をお持ちのようには
あまり見えないので」
これ以上はないくらい、あっさりきっぱりと天野は言った。
そこまで断言されると、俺としては何か哀しいものが・・・・
まあ確かに、普段図書室には縁のない生活をしている事もあるが・・・・
そう考えて、俺はふと疑問を持った。
「そういえばなんで北川はそういう事に詳しいんだ?」
「どういう事だ、相沢?」
「だって本なんてお前、興味ないだろう」
俺が断言すると、北川は嫌な顔をする。
「あのなあ俺だって、たまには本くらいは読むぞ」
「ほう、ジャンルを聞かせてもらおうか・・・?」
「そ、そうだな・・・『走れ、メロス』とか」
絶対、嘘だ。
北川の態度とこめかみを伝う汗が、それをはっきり物語っている。
「内容を聞かせてもらおうか?」
「な、何でそんな事を聞くんだよ・・・・」
「いやー、面白そうだったら俺もかりて読もうかと思ってな」
そんな気は実はまったくないが、北川の反応が面白い為に聞いてみる。
「え、えーとだな・・・・・直死の魔眼を持った宿命の人間が、
ある日金色の女王と・・・」
「そういうネタかーー!!」
俺は手元の分厚い地図帳を持って、北川の頭をはたく。
かなり小気味いい音がして、北川は机に突っ伏した。
「相沢さん、室内の書物で人の頭を叩かないでください。
学校の所有物なので傷をつけては大変ですから」
「そうだったな、すまなかった、天野」
「そうじゃないだろう!!それに天野ちゃんも指摘する部分はあくまで本なのか!?」
ちょっと泣きそうな顔をして、北川はぶつぶつ文句を言う。
どうでもいいけど、天野ちゃんっていう呼び方はちょっと違和感を感じる・・・
天野っておばさんくさい所があるから、年下とは思えない所がある。
「・・・今、何か考えましたか、相沢さん?」
「い、いや、何にも考えてないぞ、うん。
それより北川、最初の質問に答えてもらってないぞ」
「ああ、そうだったな。というか、お前が変な事をいうから話がそれたんだろうが」
ぶつぶつと文句を言いながら、北川は話を進める。
「まあ俺は確かに本にはあんまり興味がない。
美坂に付き合ってくるのと、後一度図書委員を半年間ほどやった事があるからな。
それで割と室内の本の事に詳しいんだよ。
まあ天野さんが入ってからは、ちょっと配置が変わったみたいだけど」
「私が委員として仕事をするようになって、すぐに改装が行われましたから」
ふーん、ここもいろいろとあったんだな・・・・
俺は改めて図書室内を、隅々まで見渡した。
「さて話を戻すぞ。そういう事で、ここには大体の資料がある。
それを全部調べてみたけど、あらゆる地図に『未来里』はのっていない。
いわば・・・・」
「・・・・地図、いえ・・・・・
日本に存在していない『里』である、という事ですね」
日本に存在していない場所!?
突拍子のない話に、俺は愕然とした。
「ちょっと待てよ!俺の幼なじみは今、そこに住んでるんだぞ!」
「まあ存在していないというのは、あくまで日本がその場所を認識していないとも言えるけどな。
だからお前にこの事を伝えようとしたんだよ。
この『未来里』っていう地名に間違いはないんだな?」
「間違いはない、絶対。美雪がちゃんと地名は話していたし、手紙にもあった。
秋子さんだって・・・」
・・そういえば、日本の地図に載ってないのなら何故秋子さんは知っていたのだろうか?
何か秘密があるのか、あいつの住む土地には。
「その事に関しましては私も少々疑問を持っていました。
私は地理等に多少の知識があるのですが、『未来里』という地名は今まで聞いた事がなかったので」
「天野も疑問に思っていたのか?」
「はい、祐一さんが朝話して下さった旅行の件を聞いた時より、不思議には思っていました。
美坂さん等も眉をひそめていましたし、気にしてらっしゃるのではないですか」
そ、そうだったのか・・・・・
俺は夢中で旅行の件を話していたから、全然気にしなかった・・・
それにしても天野は洞察力が鋭いな。
「だけど、実際に美雪はその場所に住んでいる。
そしてそこには田舎だけど、他にも村があるとか聞いたぞ。
『風麗桜』っていわれる奇麗な桜があるらしいし・・・」
どうやら日本の地図にはない場所である事は分かった。
だが、あいつが紛れもなくそこに住んでいるのだ。
美雪が俺に嘘をついているとは考えにくい。
意味がないし、冗談にしてもこういう性質の悪い冗談は言わない。
あくまでも・・・・以前の美雪はだが・・・・
「そういえば相沢・・・」
「何だ、北川?」
「ああ、もう一つその『風麗桜』の事に関して調べてみた。初耳だったからな」
「お前、今回よく調べているな?なんかおかしいぞ。
さては何か陰謀でも企んでいるな」
「そんな訳ないだろう。まあ敢えていうなら真実を探求する欲求を常に持つ
俺の悲しいまでの知的好奇心といったところかな・・・」
「はいはい、戯言はいいから。どうせ話を聞いていた香里とかが興味を持ったんだろ?」
北川がいくら何でもここまで頑張れるはずがない。
大方香里が興味を持っていたので調べたという事実が裏にあるに違いない。
まあ旅行の件をこの情報で脅された俺もあまり人の事は言えないが・・・
「この桜についてなんだけど・・・・これはひょっとしたら天野ちゃんの方が詳しいかな?」
北川は手元の資料を机に積み直して、天野の方をむく。
「・・・よろしければお話、しましょうか?」
「天野、お前何か知っているのか?」
「そうですね・・・その手の類の書物も一通り読みましたから。
それと北川さん、天野で結構です。その呼び方は少々気分が悪いですので」
それに関しては俺も同感なので、賛同するように頷く。
北川は残念そうな顔をするものの、天野には逆らう事はしないようだ。
「じゃあ話を聞かせてくれ、天野」
「はい、『風麗桜』とはその昔発見された一定地域限定にのみ咲いていた桜です。
花の美しさは他に類を見ず、その姿はため息をつかんばかりと見た人の証言があります。
ただ数の減少、特殊な条件のみ育成可能な限定性、植物自体の短命さ。
それらの過酷な条件により、今現在は全滅に近いとあります」
天野はまるで本を実際に読んでいるかのごとく、すらすら話す。
さすがに頭がいいだけの事はあるな・・・
「なるほど、全滅寸前の幻の桜という訳か。
でも秋子さんや美雪によると、知っている人間はけっこういるようだぞ?
美雪の場所以外でも結構今は咲いているのかも」
俺は疑問に思った事を天野に話すと、
「知っている人は確かに知っているでしょうね、その手の限定によりますが」
「何だよ、はぐらかすなんてお前らしくないぞ」
俺がそういうと、天野は少し神妙な顔をしたが、やがて言った。
「私もその辺の詳しい事は分かりません。
ただ『風麗桜』は美しさより、その逸話が広まっています。
この『風麗桜』には呪いがかかっていると・・・」
「呪い!?」
地図の不明さに呪いだと・・・・
馬鹿馬鹿しいと思いながらも、天野の真剣な顔を見て俺は笑えなくなった。
<第三十話に続く>
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