kanon 「桜咲く季節に 第三十九話」
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「ここは・・・・」
「どうかしたの、舞?」
四人連れ立って歩いていた所で、舞はふと立ち止まった。
佐祐理さんがびっくりして振り返ると、艶やかな長い黒髪を揺らして、舞は一人ごちる。
「祐一と・・・来た」
「え?あ・・・そ、そういえば来たんだっけな」
ようやく意味が分かって、俺は苦笑して頷いた。
卒業演習も終わって、佐祐理さん達を引き連れて俺は商店街へと足を運んだ。
午後時と事もあってか、少しずつ遊歩道には人通りが出てきている。
この町唯一のショッピング街でもある駅回りの店々もシャッターを完全に開き、店舗前を整理している。
以前買物にきた時に、舞とここを歩いて見て回ったっけ・・・・・と、
「祐一さんもどうしたんですか?顔色が悪いようですけどぉー」
「い、いや人間思い出してはいけない過去もあるんだなって」
「は、はぁ・・・」
俺の言葉がよく分からなかったのか、佐祐理さんはうーんと困った顔をしている。
少し子供っぽいけど可愛いその表情に、俺は胸の奥にじんわりと暖かい気持ちが広がった。
おかげであゆリュックの一件での衝撃が薄らいでいく。
子供のような純粋な心はあれど、身体はスラリと長身のモデル体型の舞。
あの羽リュックはやっぱりあゆでないと似合わないと思うぞ、舞・・・・・・・
結局最後まで見つからずに残念そうにしていた舞を思い出してしまう。
俺は首を振って、冬の名残が残る街路樹の下を歩いていく。
「結局あの時は見つからなかったんだよな、服。
今日は佐祐理さんもいるからコーディネートしてもらえよ、舞」
「そうする」
舞が小さく頷くと、佐祐理さんは任せてくださいと小さく胸を張った。
「でも、祐一さんと舞が一度ご一緒した事があったなんて知りませんでした」
「舞から聞いてなかったのですか?」
てっきり舞が話したものとばかり思っていたのだけど・・・・・
俺が尋ねると、いいえ、と佐祐理さんは首を振って悲しそうにする。
「佐祐理、舞に内緒にされていたんですね」
「あ・・・・・・・・」
舞の顔色を伺いながら、俺は二人の間でおろおろとする。
本人の舞はと言うと、我関せずとばかりに冷静な表情のままだった。
おいおい、雲行きを察してくれよ舞!
な、何か弁護しないとまずい・・・・・・・
「え、えーと別に佐祐理さんを仲間はずれにしたわけじゃなくてですね、
舞にとっては俺との買い物なんて、特に話す程大した事じゃないですから!
は、ははは・・・・」
何故だろう?
話せば話すほど、弁解すればするほど息苦しくなって来ているような感じがする。
ひょっとして、墓穴を掘っているのだろうか?
どうすればいいのか分からなくなって佐祐理さんを見ると、彼女は微笑んでいた。
それもどこか楽しそうというか、俺を見て楽しんでいるというか・・・・うん?
ひょっとして、もしかして、
「あの、全然気にしていないんじゃないですか?」
「あははー、ばれちゃいましたね」
やっぱりか!?
確かに考えてみると、俺と舞が買い物に出たくらいで佐祐理さんが深く気にする訳がない。
二人の関係はそんなに浅くないし、俺との繋がりは自分で言うのもなんだけど密接だと感じている。
「意地悪いですよ、佐祐理さん〜」
舞もその事が分かっていたから、普通にしてたんだな。
二人にしてやられて、俺は悔しいやらなんやらで複雑な心境だった。
佐祐理さんは楽しそうにしていながらも、両の手を合わせる。
「ごめんなさい、祐一さん。お二人があまりに楽しそうだったので、つい」
・・・・そんなに楽しそうだったのだろうか?
俺はともかく、見た所舞は普通だったと思うのだけど・・・・・・・
まだまだ俺の舞への理解度は、佐祐理さんには及ばないという事か。
少し悔しい気持ちはあるが、俺と二人の関係はまだまだ卒業後も続いていく。
これからも時間がある以上、舞の事を知っていく時間はいくらでもあるだろう。
「今日は佐祐理さんも一緒なんですから、三人で楽しみましょうよ」
「・・・はちみつくまさん」
二人の同意(?)を求めた視線に、佐祐理さんも嬉しそうに頷いた。
「そうですねぇ!本日はよろしくお願いしますね」
「はは、任せてくださいよ。こう見えても商店街は俺の縄張りみたいなものですから。
目をつぶっても歩けますよ」
縄張りといえば、あゆも何となく自分の領域を商店街に持っていそうだな。
そんなくだらない事を考えていた俺の裾を、突然舞が握り締めた。
「うん?どうした、舞」
近くゆえに感じる舞の温もりにどきどきしながら尋ねると、舞は上目遣いに俺を見上げる。
痛切に訴えかけるような濡れた瞳に、舞らしからぬ大人の色気を感じさせる。
ま、ま、舞、だ、駄目だぞ、こんな人目のつく大通りで・・・・・・
と膨らみ続ける妄想に戸惑っていると、舞はぼそっと呟いた。
「・・・やってほしい」
「な、何がだ」
言いたい事が分からず聞くと、舞は自分の目を両手で覆った。
「歩けると言った」
「・・・・???・・・!?まさか、目を閉じて歩けって!?」
無言で頷く舞にがっくり肩を落とすと、隣の佐祐理さんも超目をキラキラさせて俺を見ている。
「すごいのですね、祐一さんって。目を瞑って歩けるなんて」
まさか佐祐理さんまで期待しているのですか!?
二人の期待のこもった眼差しに俺はどうしたらいいか分からずに、視線を逸らせるしかなかった。
言うまでもないが、さっきの言葉は勢いだけの冗談である。
舞の前では冗談は通じないという事を失念していた俺が悪いのだが、この場合どうすればいいのだろうか?
「・・・祐一、早く」
「佐祐理もぜひ拝見したいです」
こ、断れん・・・・断りきれん。
俺の通う高校内ではベストテン入りする二人の美少女。しかも年上。
そんな二人の期待を裏切れる男が果たしているだろうか?
少なくとも恋人もいない今の俺の現状では不可能であった。
こうなれば仕方がない。
ここは一つ男相沢が覚悟を決めるしかないだろう。
「しょ、仕方がないな。舞と佐祐理さんのリクエストとあれば答えるしかないだろう」
きっぱりそう言って一歩前に出る俺に、後ろから拍手が二人分響く。
幸いにも、この町の商店街は地理的に中央の駅まで一直線である。
駅を中心として自営業の店が広がっている、いわば放射状の作りであった。
となると、俺が助かる道は一つ。
中央の道路と店舗前の間、すなわち今はまだ人の少ない遊歩道を駆け抜けて駅まで走りぬく。
駅までしっかりとたどり着いたのなら、二人も納得するだろう。
「完璧だな・・・」
そのまま俺は瞼を閉じて、一つ深呼吸をする。
明るい昼の世界が閉じられて遮断され、広がる先は無限の闇。
人が探知できる情報量の80%以上が封じられた形になり、残るは第六感と己の運のみ。
ふ、これこそ男の勝負といえる・・・・
我ながら勇気ある行動に満足感を覚え、気息をしっかり整える。
「ふう〜、よし!レディー・・・・・ゴー!」
自分で出発の合図を声に張り上げ、俺は全力ダッシュで駆け抜けた・・・・・・・・
「大丈夫ですかぁ、祐一さん?」
「し、心配いりませんよ。ちょ、ちょっと軽く鼻を打っただけなので」
ズキズキと痛む鼻を押さえて、俺はよろめきながらも軽く笑った。
本当は死ぬほど痛いのだが、佐祐理さんにこれ以上心配かけるわけにはいかない。
それにしても恥ずかしい所を見せたな・・・・・
「祐一、これ」
リズムのいい足取りで俺の傍へ走って戻ってきた舞の手に握られているのは濡れたハンカチだった。
商店街のスーパーの手洗い場で浸して来てくれたのだろう。
舞の心遣いに感謝して俺は受け取り、痛む鼻をハンカチで覆った。
う、結構染みるな・・・・
「随分派手に衝突しましたから。お医者さんに行った方がいいと思いますよ」
「仰け反って倒れてた」
不安そうに顔を曇らせる佐祐理さんとは対称的に、舞は普段どおりの無表情で頷く。
はあ〜、まさか電柱という障害がある事に気がつかなかったとは不覚・・・・・
結局俺は五メートルも進めずに、遊歩道の隅に立っていた電柱に思いっきり激突したのだ。
思わずばったり倒れて痛みに体を捩じらせていた時の二人の表情が忘れられない。
舞も佐祐理さんも血相を変えて駆け寄ってくれたのだ。
今後あまり馬鹿な真似をするのは控えておこう・・・・・・
「本当に大丈夫ですから。こうみえて頑丈さが取り柄なんですよ、俺って」
・・・・今初めて聞いたぞ、俺。
内心つっこみながらも言った俺の言葉に、二人は安心したのかほっと胸を撫で下ろした。
「本当に良かったですよぉー、祐一さんになにかあったら舞が悲しみますから」
ポカっ!
「・・・別に何ともない」
「舞ったら照れちゃって」
ぶっきらぼうに呟いてチョップをする舞と、笑って親友をからかう佐祐理さん。
いつもの風景に俺は少し嬉しくなって頬を緩めた。
「さ、じゃあ買い物に行きますか。どこか行きたい店とかありますか?」
痛みもましになったので立ち上がり、俺は濡れたハンカチを畳みながら言うと、
「佐祐理はかまいませんけど・・・・」
佐祐理さんは戸惑いの表情で辺りを見渡している。
?何か探しものでもあるのだろうか?
「どうかしましたか、佐祐理さん」
「はあ・・・・北川さんはどちらへ行かれたのでしょうか?」
北川?
「・・・・北川?」
俺の心を代弁するように、舞は首を捻る。
佐祐理さんはそんな舞の鼻をちょんと突付き、困った様に微笑んで言った。
「もう、舞。祐一さんと一緒にいた男の人だよ。今日一緒にここまで来たでしょう」
・・・・・・おお!そういえば!
今の今まで存在すら忘れていたが、確かに奴は一緒にいた筈だ。
おかしいな?いつのまにかいなくなってたような・・・・・
「そういえばあいつ、さっきからいなかったような気がする」
「はい、ここへ到着してから見当たりません」
俺的にはどうでもいいのだが、佐祐理さんが気にしている以上仕方がない。
一緒になって探していると、
「・・・あの人?」
突如舞が清涼感のある声で、一点を指差して言った。
舞の指摘に俺がそちらに向けると、確かに遊歩道からこちらへ向かって歩いてくる人影が・・・・
「な、何であいつが!?」
午後のほとりで、どこか楽しそうに話している北川。
そして隣には・・・・・制服姿の天野の姿があった。
<第四十話に続く>
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