To a you side 外伝E ―独占欲― (前編)
※この物語はリクエストによる架空未来の一つです。
To a you side本編の可能性の一つとしてお楽しみ下さい。
『風邪をひいてしまったよー(;´Д`)=3 ケホケホ』
朝一番、俺の携帯電話に着信した一通のメール。
舐めた顔文字と馴れ馴れしさ大爆発のメッセージを添えて、俺の神経を大いに逆撫でしてくれる。
これが赤の他人や知り合いなら、容赦なく廃棄か無視する電子の手紙。
俺は苦々しく舌打ちしながらも――御丁寧に、返信ボタンを押下する。
廃棄すれば後で追求、無視すれば同じ内容が連続して襲い掛かってくる。
このメールの差出人は、人格改造でもされない限り何年経とうと変わらない。
一ヶ月でも、一年でも――十年経とうと。
――ほの白き雪の王――
顔が引き攣るのを自覚する。
携帯電話を懐に入れて、即座に崩れた瓦礫から抜け出す。
影から影へと移動しながら、陽光照りつく空を見上げる。
漆黒の翼を生やした、白き心を宿す天使――
凛々しき眼光を大地に向けて、妖精のように美しき詠唱を奏でる。
――銀の翼もて――
凛と張った、威厳と風格に充ち満ちた美声。
周囲を見渡すと、誰もが偉大なる王の旋律に動きを止めて、声のする空を仰ぎ見ている。
まるで神の天罰に平伏す、哀れな罪人のように――
連中の気持ちは分かる。
天空を支配する天使は、死神の化身。
歴史に名高いベルカの騎士を従える王なのだから。
――眼下の大地を、白銀に染めよ――
濃密な魔力が大気を渦巻き、魔方陣が大いなる力を放つ。
術者を中心に白光の立方体が展開して、魔素が凝結する。
広域攻撃魔法――アーテム・デス・アイゼス。
数ある魔法の中で、制御が困難とされる氷結の効果を持つ広域型魔法。
効果範囲は最大でキロ単位を容赦なく超えて、あらゆる物体を凝結させる。
並の魔導師ならば防御も逃走も不可能な、恐るべき力だった。
あいつ――リミッターかけてる分際で、何でそんな高度な魔法が使えるんだ!?
理不尽に腹が立つが、この戦況で選別する魔法としては正しいと言える。
魔法が放たれた瞬間、戦場にいるほぼ半数以上の魔導師が行動不能になるだろう。
――俺も例外ではない。
着信音。
『聞いてるのか、小僧(o ̄∇ ̄)=○)`ν゚)・;'.、』
――緊迫感が、一気に薄れる。
一分にも満たない時間さえ待てず、容赦なく追撃する差出人。
人様追い詰められているのに、今頃呑気な顔でメールを打っているに違いない。
風邪が本当なら、パジャマ姿で熱に顔を赤くして携帯片手に寝そべっているだろう。
――その可愛らしい姿を想像して、頬が緩む。
広域攻撃魔法でさえ、何でもない事のように思えてくる。
俺は返信を催促する風邪野郎に、文句と――少しばかりの感謝をこめて、素早く返信。
『我が祖国の格言:夏風邪は馬鹿がひく。以上』
送信ボタン押下と同時に、瓦礫を拾って投げつける。
飛空する瓦礫は天空を支配する術者に向かうが、展開された魔方陣に簡単に弾き飛ばされる。
当然だ、敵は総合Sランクの魔導師。
生半端な飛び道具など、敵の絶大な魔力には無効化されてしまう。
だが、注意はひきつけられる。
眼下を鋭い眼差しで見つめていた死の天使が、俺を捕捉。
凛々しく引き締まっていた表情が、驚愕に揺れる。
あはは、驚いてる驚いてる。
まさか俺が此処に居るとは、夢にも思っていなかったに違いない。
――その油断が、命取り。
懐から即座に、今日の為に準備していた袋を取り出す。
俺の動きを確認した敵も、困惑を振り切って叫ぶ。
判断の切り替えは流石の一言――
「来よ、氷結の息吹――!」
「ピッチャー、第一球――」
天使が奏でる詠唱と、剣士が唱える技名。
視線は交わり、互いの瞳に好敵手の姿が浮かび上がる。
この瞬間、世界は二人だけ。
美しき死神は剣十字の杖を掲げ、俗物たる人間が袋を取り上げる。
勝負の決め手は発動のタイミング――
「アーテム・デス・アイ――」
「投げたーーー!!」
死の天使が杖を振り下ろすより一瞬早く、持っていた袋を投げ付ける。
回転する冷気の立方体が発動する寸前に、術者に袋が突き刺さった。
訝しげな顔をするが、術者の表情に不安は無い。
当然だ、広域攻撃魔法の制御を可能とする超一流の魔導師様である。
たかが袋一つ回避するまでも無く、術者が展開する魔力の力場と衝突して弾け飛んだ。
拳銃の弾さえ貫通を赦さない防御力、安物袋程度で展開した魔方陣の破壊は出来ない。
魔方陣の、破壊は。
「わきゃきゃーーー!? 虫、虫、虫ーー!?」
大空の彼方に響き渡る少女の悲鳴。
夜天を支配する主は無垢な女の子に戻り、気が狂ったかのように絶叫を上げている。
どれほど強力な魔法でも、制御を失えば消滅する。
氷結魔法は虚空に消え去り、俺は距離を取ってようやく安堵した。
着信音。
『馬鹿に馬鹿と言われて、風邪が悪化しました。
頭が痛い〜(><)』
……苦しそうな割に、小粋な皮肉を交える奴である。
崩れ欠けた建物の影に隠れて、俺は携帯電話をプッシュ。
『薬飲んで寝てろ、ボケ』
送信、二度と来ない事を切に願う。
この携帯電話、他ならぬメールの送信相手に頼んだ改良型である。
次元世界を飛び越えて送受信可能な優れものだが、その便利さが今疎ましくて仕方ない。
電波の届かない場所へ行きたいものだ。
発達した技術に嘆いていると、上空の彼方から少女が泣きそうな顔で叫んでいた。
「わーん、ゲジゲジがおる! 御洗濯の天敵カメムシさんまで!?」
わはは、これぞ日本の伝統技――"虫遁"。
『遁法』の“遁” は、遁走の遁。
古来の日本で、敵から逃げる為に利用した術の一種である。
漫画やアニメでは火や煙等を利用して敵の隙を狙う効果を利用しているが、系統は同じである。
実際、袋に火薬を詰めれば似たような効果は上げられる。
ただ時代は戦国ではなく現代、舞台は日本ではなくミッドチルダ。
敵は戦国武将ではなく――時空管理局・八神はやて。
彼女が設立した新部隊及び他希望のあった複数の部隊が集う、大規模な合同演習に俺は参加させられている。
ミッションレベルは高度で、閉鎖された情報下で戦闘を強いられる。
当然敵の情報は皆無、演習当日まで何処の部隊の誰が参加しているか誰も知らない。
演習地は時空管理局が製造した訓練スペース――仮想敵戦地である。
俺はイレギュラー、戦況を乱す敵キャラである。
はやて達を驚かす意味を含めて、戦場を影から乱す役柄が気に入って依頼を引き受けた。
――脱線したので話を戻すと、火薬を利用した閃光や爆発程度では、異世界を支える魔法に阻まれて終わりだ。
俺は袋詰めにしたのは、原産地海鳴の山々で入手した虫の数々。
老若男女問わず苦手とするキモい系の虫を集めて、袋に詰めた。
虫でも確かに魔法の力場は突破出来ないが、奴等は見た目のインパクトが強い。
力場の周囲に群がる黒の軍団――想像しただけでゾッとする。
我ながら恐るべき攻撃に戦慄していると、懐からまた着信音が鳴った。
いい加減イライラしながら、取り出す。
『薬も御飯も無いの。買い物行っておけばよかったよー(つД`)』
……意外に頑張り屋だからな、あいつ。
ギリギリまで大丈夫だと、仕事で無茶をしたのだろう。
いい気味である。
……っち。
『リンディか女友達に来てもらえ、風邪は放置するとやばいぞ』
ハッキリ言って、余計なお世話である。
いい加減馴れ合いは止めるべきなのだが、そう言い続けて年月が経過してしまった。
いっそ携帯電話の電源を切るべきか真剣に悩んでいると、
「りょ、良介、何処や〜〜!! こんなん、卑怯やんかーー!」
「戦場のど真ん中で卑怯も糞も関係あるか、バーカ!」
こちとら、お前のような御上品な魔導師ではないのだ。
才能も魔力も無い以上、他で補うしかない。
美少女が虫に悶える姿も、傍目から見ればなかなか乙なものである。
うむ、ちょっと気分が晴れた。
……着信音が来るまでは。
『皆仕事ですよーだ。年中遊び人のお前と一緒にするな。ブーブーヽ(`Д´)ノ』
現代日本の悪しき習慣、顔文字をすっかり覚えやがって。
元気じゃねえか、やっぱり。
心配した俺が馬鹿だった。
『あっそ、なら一人寂しく寝てろ』
こんな奴、もうどうでもいい――そう思っていた。
次の返信は短く、本当に早かった。
『そうする』
なんか……やけに素直じゃねえか……
一人、か――そうだよな。
俺が出て行って、ずっと……あの部屋で一人、生活してるんだよな……
――人の温もりも何もない、広いだけの部屋で。
"――リョウスケ"
"チビ……?"
長い時間を共に過ごした、俺の小さな良心。
冷たい孤独に震える心を温かく包んでくれる存在は、俺の中で優しく語りかけてくれた。
"リョウスケの気持ちに、素直になれば良いです。
誰が何を言おうと、ミヤはずっとリョウスケの味方でいてあげますから"
……ほんっと、お前って――
いつも、俺が一番欲しい言葉を――言ってくれるよな……
胸の奥で照れくさそうな笑みを浮かべる妖精に、俺は勇気付けられた。
「リョウスケがいるのか!? くそ、誰も手出すんじゃねえぞ!
あいつはアタシが倒すんだ!」
「良介さん、何処ですかー! 貴方のシャマルが此処に居ますよー!」
「……なるほど、戦況の不利を察して主を先に狙ったのか。
ザフィーラ、主はやての救援を頼む。
宮本は手強い、私が直接出向いて倒す」
「殺す気でかかれ、シグナム。卑劣な手段を講じるぞ、あの男は」
「ど、どうして兄さんが演習に参加しているの!?」
「……リョウスケ……管理局に興味があるなら、私に声をかけてくれればいいのに……」
「性懲りも無くまた来たわね! 今度こそ成敗してやるわ!」
「お、落ち着いて下さい……あの人はそれほど悪い人では――」
「駄目だよ、キャロ! 演習なんだから、全力で挑まないと失礼だよ!
そうだよね、エリオ!」
「……男として大いに納得出来るんですけど、何故か素直に頷けない――うう……」
「おいおい、例の男も参戦しているようだぞ」
「やっべえ、通常装備しか用意してないよ。生き残れるかな、俺」
「非殺傷とか関係ないからな、あの人。色んな意味で」
「演習の前提とか無視するからな。ルール違反で退場とかしてくれねえかな」
「私達の油断で済まされますよ、きっと。変に口が達者ですから、彼」
「顔が広い割にセコい事ばっかりするからな。勝っても負けた気になる」
「自分、相手がしたいっす! 対戦希望っす!」
「こらこら、この暴走乙女は! 指揮官の命令に従いなさい!」
げげ、外野は凄まじくやかましくなって来やがった。
表立って戦闘に参加していない上に、隠密行動を取ったので俺の位置までは気付かれていない。
とはいえ、知り合いの声も多く聞こえる。
あいつらが全力全開で俺を捜索したら、異世界の何処に逃げても追って来るだろう。
「――はやてが騒ぐから、完璧にばれちまったな。一人一人相手をするのも厄介だ。
助っ人を呼ぶから、サポートと中継を頼めるか?
一応様子を見に行って、適当な時間に戻る」
"了解です! ゆっくりして来ていいですよー。
アリサさんには内緒にしてあげますから"
「そんな微妙な優しさはいらんわ!」
"あははー、照れてるです"
俺の心に宿っている以上、俺の本音は筒抜けである。
心優しい妖精との融合は、既に本来の主はやてを超えて完璧な一体化を実現している。
俺達二人のコンビなら、きっと世界の誰にも負けない。
俺は物陰に隠れたまま――静かに瞳を閉じる。
「アクセス――"久遠"」
七色の風が世界を彩り、空気を清浄に満たす。
優しいそよ風に乗って、少女の想いが形作った頁が手の平に生まれる。
さあ、奏でよう。
魔法使いと小さな狐が知る、希望と絶望の物語を――
「歪み切ったノイズの中では 生きるって意味見失いそう。
世界のどこか パンドラの匣の底の希望もおびえているの」
一節一節、想いを込めて真摯に祈る。
思い浮かべるのは、可憐な巫女服の少女。
心に奏でるのは、愛らしい子狐との暖かな思い出の日々。
――願うのは、無垢な笑顔の再会――
「感じさせて あなたの心を
空を飛ぼう どこへでも行ける――!」
――涼やかな鈴の音が鳴り響く。
虹色の光に導かれるように、空間の向こう側より一人の少女が招かれる。
緩やかなステップを踏んで、少女は荒廃する戦場に舞い降りた。
愛らしく狂おしい女の子――久遠。
巫女装束を纏った少女は、俺を見るなり瞳を輝かせて抱き付く。
「……良介、あいたかった……」
「悪いな、急に呼びつけて。向こうは大丈夫か?」
とてとてと俺の膝元に擦り寄る少女は、俺を見上げて小さく頷いた。
俺に呼ばれて余程嬉しかったのか、にこにこ顔だ。
「へいき……良介の力になりたい……」
邪気の無い笑顔を独占している事実に、悪党の俺でさえ目尻が垂れる。
この娘とは色々あったが、ミヤとは別に心と心の共感を行っている。
遠く離れていても、心は一つ――
昔の俺が断じて拒絶していた、甘やかな絆が結ばれている。
後悔はしていない。
あの時――俺はもう、誓ったのだから。
そして今、もう一つの腐れ縁を放置出来ず駆け出そうとしている――
「久遠、しばらく俺に変身して戦ってくれ。本気を出す必要は無い。
撹乱する程度で頼む」
「かく……らん……? んー?」
難しい顔で小首を傾げる姿も、また愛らしい。
他の小僧共なら鬱陶しいとぶん殴るが、久遠なら許せてしまう。
「ミヤ、さっきも言ったけど久遠のサポートを頼む。
なのは達にばれないように、戦場を掻き回してくれ。
久遠も頑張れ」
「……うん、わかった……がんばる……」
"イエッサー、です! ではでは、海鳴町へ転送しますね"
途中退場は契約違反だが、緊急事態なので仕方ない。
文句を言われれば、適当に言い訳すればオッケー。
海鳴町へさえ帰れば、あいつの家に設置された転送ポットで自由に戻れる。
俺達は改めて、身代わり作戦の段取りを決める――
――全く……素直に助けを呼べよな……エイミィ……
これから向かうメールの差出人に思いを馳せて、俺は苦笑いを浮かべた。
<後編へ続く>
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