To a you side 外伝E ―独占欲― (後編)
※この物語はリクエストによる架空未来の一つです。
To a you side本編の可能性の一つとしてお楽しみ下さい。
――高級住宅マンション。
一般庶民では到底手が届かない豪華な建物の一室に、彼女の住まいがある。
かつて、俺と二人で住んでいた部屋。
年頃の若い男女が一つ屋根の下となれば、立派な同棲である。
本人達なりに複雑な事情があったのだが――男と女ともなれば難しいわけで。
「電話番号とか、セキュリティ解除とか、普通に出来るんだよな……」
手土産ぶら下げてマンション正面玄関から入り、オートロックとセキュリティセンサーを解除。
来客扱いではなく、住居人登録が残っているところが腹が立つ。
――確かに頼んでいない。
部屋だって本人の承諾は得たが、書類上は勝手に出て行った形になっている。
部屋主が管理人に退去を申し出ないと、架空の個人登録だけが延々残される事になる。
それはつまり――エイミィが、俺が居た痕跡を残したままにしている。
何時でも俺が帰ってこれるように、あいつはそのままにしているとか――
首を振る。
終わった事だ、何もかも。
痛々しい過去の古傷を癒して、俺達は辛くても前へ進める道を個人で選んだ。
エイミィは涙に曇った過去を終わらせて。
俺は血に濡れた過去を断ち切って――
未来は今、此処にだけ存在する。
俺は感傷を捨ててエレベーター前へ向かい、矢印が上を向いているボタンを押す。
――運が悪い事に、エレベーターは最上階に在った。
小さな不運だが余計な時間を取らされる事が、ちょっとムカっと来る。
着信音。
胸のポケットに入れている携帯電話が鳴っている。
緊急アラーム――地球レベルを超えた次元電話の通話ボタンを押す。
「どうした」
相手が誰か、要件の大よそも分かっている。
長年の相棒の可憐なボイスが、耳元を優しく撫でる。
『ヴィータちゃんに見つかりましたです! 対応して下さい!』
「初っ端からアイツかよ……」
念話の応用技――精神感応。
俺とミヤ、ミヤと久遠を通じて精神領域を繋げて意識レベルを共有する。
完全融合したミヤ、魂の絆を結んだ久遠――この二人だからこそ出来る高等テクニック。
世界の国境を越えて、三人の五感を共有して情報交換を行える。
携帯電話は、生意気に風邪なんぞ引いた病人に改良を頼んだ情報媒体である。
――機動六課並び精鋭部隊が参加する、大規模な演習。
高額の依頼料と暇潰し、人付き合いもあって参戦した俺に届いたメールの数々。
一人部屋で寂しく風邪を引いて寝込んでいると聞いて、寛大な俺様は渋々見舞いに行く事にした。
代理役を、久遠に任せて――
久遠の変身能力とチビの高度な補佐を見込んで、俺は戦場を離脱。
俺に変身した久遠が、能力を駆使して適度に管理局員相手に相手をする手筈だ。
ただ――知り合いに見つかれば、俺に知らせるように言伝した。
姿は誤魔化せても、話しかけられたら簡単にばれる。
久遠は対話が苦手、ミヤは次元世界有数の正直者――
天才剣士のワイルドな話し方は、無垢な妖精や子狐には到底不可能だ。
ミヤの助力の下、久遠が見つめている景色を共有する――
――大空に華咲く、紅の美少女。
美しいドレスを着飾った騎士が、俺を厳しい眼差しで見つめている。
『見つけたぞ、リョウスケ……アタシから逃げられると思うな!』
「よく分かったな、こんな広い演習地で」
『何処に居ても、リョウスケの居場所くらい簡単に分かる。
お前はアタシの可愛い子分だからな』
頬を染めて、鼻を擦る少女。
自分で言って自分で照れているのだろう、アホな奴である。
十年という年月を経ても、ヴィータの純情さは変わらない。
とりあえず長引きそうなので、現実空間の俺は買い物袋を置く。
携帯電話の媒体を通じて、久遠の口から声を発する。
「今日の演習は部下の為だろ? 連中の面倒を見ろよ、お前」
『お前だって子分だから、アタシの部下も同然だ。
特にお前は長年のお気に入りだからな、へへ……
最近忙しくて会ってやれなかった分、念入りに可愛がってやる』
時空管理局に入隊して部下も大勢出来たのに、まだ俺が一番なのかよ。
独占欲剥き出しで襲い掛かってくるから、性質が悪いよなあいつって。
世代交代適用されないかな、本当に。
ヴィータは張り切って自分の凶悪なデバイスを振るって、カートリッジを消費する。
強力な魔力が魔法陣を形成して、暴力に満ちたアイゼンが敵殲滅に稼動する。
――辞書で「可愛がる」の意味を百回くらい見直して来い。
勿論、相手なんぞしない。
俺は不敵に言ってやる。
「おもしれえ……相手してやるよ。突撃して来い」
俺の意識からの指令に従って、久遠が手招きする。
縦横無尽にハンマーを振りかざしていたヴィータの動きが止まる。
紅の魔力を全身から陽炎のように漂わせたまま、訝しげな顔を見せる。
『……何企んでるんだ、リョウスケ』
「企むだなんて、そんなそんな……
親分の攻撃力を見損なっておりませんぜ、あっしは。
此処で攻撃されたらやばいなって、思ってるだけ。
ささ、ズバっとハンマーなり、鉄球なりやっちゃってくだせえ」
手の平を太陽にかざすように、大きく広げて俺はヴィータに無防備な様子を見せる。
誰がどう見ても、隙だらけだ。
鉄球一発撃たれるだけで、ジャケットも着ていない俺の身体は粉々に砕ける。
ヴィータは警戒の色を強めて、逆に距離を取った。
俺は即座に挑発の追撃をかける。
「おや〜? ヴィータさーん! 逃げるんですか〜?
ボクチン、もう観念しているのに」
『うるせえ、白々しい真似しやがって!
どうせ、罠でも仕掛けてあるんだろ。
分かってて突っ込む馬鹿がいるか、フン!
お前の事なら、何でも分かるんだからなー!』
態勢を立て直すつもりなのか、ヴィータはそのまま去っていく。
迂闊に近付くのは危険と考えて、場を改めて襲撃を仕掛ける算段だろう。
あえて背を見せて追撃を促し、罠を仕掛けている俺を動かそうとしている――
得意げな顔で叫んで、鉄槌の騎士さんは飛び立っていった。
……ばーか、誰がついていくか。
「今の内に逃げろ、久遠」
『うん』
『ヴィ、ヴィータちゃん……深読みしすぎです…』
当然だが――現場に居ない俺に、戦略なんぞある筈がない。
俺は本当に無防備だった。
勿論攻撃されれば久遠が撃墜に出るが、ベルカの騎士の攻撃力は単純に防げない。
俺相手に今まで散々痛い目に合っているヴィータだ。
ヴィータは感情的だが頭が良く、高度な戦術と大胆な行動力を兼ね備えた百戦錬磨だ。
能無しならこんな手は通じないが、ヴィータなら無防備な姿を見せて挑発すれば勘繰ると分かっていた。
突撃に鉄球――ヴィータの代表戦術を先に指摘する事で、動きを封じた。
罠ごとぶっ飛ばすとか言われてギガントされたらやばかったが、奴にもリミッターがかかっているのは調査済み。
今回ばかりは経験が裏目に出たな、チビッ娘め。
出来る限り逃げ続けるように厳命して、電話を切った。
――丁度エレベータも到着したので乗り、手慣れた階のボタンを押す。
十代後半の男女の同居は世間の目も厳しいが――流石は豪華マンション、選ばれた住民だけが住まう。
平日の昼間ともなれば尚更で、部屋に辿り着くまで誰一人すれ違わなかった。
ドアノブを回す――施錠。
「……風邪引いてるんだ、鍵くらいかけるか。
面倒臭いな、あの野郎は」
スタイルが良くて可愛いのは認めるが、性格の悪さでマイナスなお前を誰が襲うか。
舌打ちして俺は財布から鍵を取り出して、玄関のドアを開錠する。
――あ。
「何で合鍵持ってるんだよ、俺……」
玄関前で頭を抱える。
当たり前のように合鍵を使ってしまった自分が憎い。
返す……今日絶対に返すぞ!
固く心に誓って、俺は八つ当たり気味にドアを開けて中へ入る。
「うーす、来てやったぞ病人」
「……おー?」
奥の部屋から聞こえる、適当な返事。
容態は聞いていないが、女の声に気だるい響きがあった。
見舞いに行くと直接伝えていないのに、驚愕や意外性が感じられないのがむかつく。
勝手知ったる我が家、相手の許可を持つ必要はない。
演習場の死闘で汚れた靴を脱いで勝手に上がらせてもらう。
――来客が来るとは思えないが、施錠。
小綺麗な廊下を通って、寝室へと向かう。
高級マンションに一人暮らしは贅沢の極みだが、同様に寂しい。
部屋数の多さや施設の充実さが拍車をかけている。
マンションを買ったのは時空管理局――住むには確かに便利だが、一人だと落ち着かない気がする。
……感情移入するな、俺。
叱咤しながら歩いて目的の部屋へ到着、ドアを開ける。
「……はは、どもども。風邪引きさんでーす」
「元気そうじゃねえか、てめえ」
シングルベットの上に、枕元に携帯を置いて寝ている女性。
エイミィ・リミエッタ――フェイトの事件で知り合った女友達である。
身体を軽く曲げて布団の中で丸まっている。
額に濡れたタオルを置いて、乱れた前髪を緩やかに押さえている。
愛用のピンクのパジャマを着て、エイミィはぽすっと頭を枕の上に横たえていた。
ほんのり上気した顔に霞んだ瞳――熱に魘された表情。
汗の滲んだ微笑に見惚れそうになり、俺は必死で自制して床に腰を下ろした。
横脇に置いたスーパーの袋を、エイミィは目ざとく見つめる。
「氷、買ってきてくれたんだ。あ、イチゴヨーグルトもある!
さっすがリョウスケ! あたしの好みを理解してるね、うんうん」
「金は取るぞ、貴様」
口ではそう言うが、さほど期待していなかった。
逆にお金を後で払ってもらっても、嬉しい気分にはなれない。
高熱に疲労した顔が、嬉しげに染まっている――
その表情を見るだけで、充分な気がした。
「嬉しい〜、朝から何も食べてなかったんだ。
一人暮らしで食欲0だと、作る気にもなれないね」
「栄養まで0だと悪化するぞ、風邪。病院行けばいいのに――って、そうか。
この世界の人間じゃないから、手続きが面倒なんだな」
「風邪引いたまま、管理局へ帰れないからね……意外と不便かも、あははー」
異世界に居を構える事は、単純な話ではない。
言語も違えば、文化も違う。
日本からアメリカへ移住する以上に、世界観の差異が生じる。
エイミィの場合時空管理局のバックアップや俺達のような現地住民との交流はあるが、生活にも不便はあるだろう。
「最初このマンションへ来た時は色々質問されたよな、お前に。
よせばいいのに、挨拶回りしようとか言い出すし」
「冒険心をくすぐられたのだよ。あたしもほら、多感な乙女だから」
「のぼせて死んでしまえ」
苦笑いするエイミィの額のタオルを手に取る――温い。
多分一度置いて、そのまま放置していたのだろう。
熱を冷やす役目を果たしていない。
「……少しは動けよ」
「コホコホ、う〜、苦しい……」
「分かった、分かった。介抱すればいいんだろ」
「うんうん、だから好きなの」
「褒め殺して、飼い慣らそうとしても無駄だ」
「ちぇー」
普段なら聞き流すのだが、微熱で頬がほんのり赤いと妙にその……くっそ、やばいやばい!
踵を返して袋を片手にキッチンへ向かい、まず冷蔵庫に買い込んだ食料を収納。
炊飯器は―ー空っぽじゃねえか!
釜を豪快に洗い流して、買って来た御米を入れて炊飯。
朝から何も食べていないらしいので、御粥でも作ってやるか。
……慣れ親しんだキッチンで和んでいる自分が、少し嫌になる。
包丁の位置とか鍋の種類とか、簡単に把握出来ているからな……
無駄な知識である。
一通りの準備を終えて寝室へ戻り、渋々エイミィの介護をしてやる事にした。
汗と熱で温いタオルを洗面器に浸して丁寧に絞り、横たわるエイミィの額に乗せてやると猫のように瞳を細める。
「うー、冷たくて気持ち良い……火照った顔が冷えていくよ」
「ヌルヌルじゃねえか、さっきの。気持ち悪いだけだろ。
取り替える元気もないのか、たく……ほれ、体温計。熱を測ってみろ」
「何時見ても懐かしいタイプだね、これ。骨董品レベルだよ」
「未開の原始人で悪かったな、畜生! とっとと熱を測りやがれ!」
「ははは、怒ってる怒ってる」
魔法理論のみならず、科学技術でも遥か先を進むミッドチルダ。
この十年間で、自分の居る世界がどれほど小さかったか思い知らされた。
大空の向こうへ羽ばたくのも一苦労な地球の外では、異世界の交流が盛んに行われている――
「……考えてる事、あててあげよっか?」
「余計な事考えずに、体温計入れてジッとしてろ」
悪態を吐く俺に、エイミィが汗に濡れた顔で微笑んだ。
――見透かしてやがる。
ああ、そうだよ!
世界の向こう側を知らなければ、お前にだって会えなかったよ。
あれほど否定していた人間関係も、気付けば幅広く結ばれてやがる。
俺が風邪の一つも引けば、大勢連中が見舞いにきやがるだろうな……
フィリスが往診に来て、チビ共が騒いで、なのは達が大袈裟に心配して、忍達が笑いに来て。
――エイミィが見舞いに来て。
おちおち寝てられず、一人からかけ離れた世界で大事を取っているだろう。
体温を測る間に着信音――また誰かに見つかったらしい。
風呂場から洗面器を持ち歩きながら、電話に出る。
「今度はどうした?」
『ティアナさんに見つかりましたです!
すっごく怒ってて、発見された途端に撃たれまし――ひゃあ!?』
ティアナ・ランスター二等陸士。
白いシャツにサスペンダーを身に付けた、若きガンマン。
誰にも負けない強い夢を抱き、日々努力を怠らない姿勢に彼女の本質がある。
キツい性格だが、強い眼差しが印象的な美少女――
――と言えば聞こえはいいが、顔が良いだけの口煩い小娘である。
はやて達には礼儀正しいところが、尚の事腹が立つ。
洗面器に氷と水を入れながら、俺は即座に言い放った。
「殺せ、久遠。俺が許す」
『……え、でも……』
『だーめーでーす! 何を考えてるんですか!』
「いいじゃねえか、別に。演習中の事故で許されるぜ、きっと」
『人生の先輩として、威厳を見せて下さいって言ってるんです!』
「アイツ、全然先輩として敬ってねえじゃねえか!
俺の顔を見るなり睨むか、嫌味を言うか、銃で攻撃の魔の三パターンだぞ!」
『リョウスケが真剣に相手をしないからですよ!
……もう、本当の本当に分かってないですねー!
ランスター二等陸士が、リョウスケに何を求めているのか分からないんですかー!
スバル二等陸士が、エース・オブ・エースのなのはさんに憧れを抱いているように――
ランスター二等陸士は、貴方を心から――
わ、わ、わ、撃たないで下さいですぅ!』
精神領域にノイズが走り、瞳に微かな痛みが走る。
久遠と俺を繋ぐ意識の共有に歪みが生じた、最初の兆しだ。
逃げ回る久遠が危機を感じて、震えている――
精神の乱れが、五感のバランスを崩す。
……ヴィータはともかく、ティアナ相手だと口先が通じにくい。
練習時俺に対してムキになって攻めて来るが、アイツは常に頭の芯は冷えている。
教練のなのはも指揮官能力があると褒めていた、戦況を的確に見定めて最善の手を行使する。
戻った方がよさそうだ。
俺は携帯電話を耳から離して、エイミィに向き直る。
「悪い、野暮用が出来た。あっちに戻らないとやばそうだ」
「今の……? え、どう言う事?」
「いいから、お前は寝てろ。冷蔵庫に食料と、炊飯器に米を炊いてある。
ヨーグルトは置いておくから、好きに食べろ。
そんじゃあ――」
「――待って」
シャツの裾を掴まれて、思わずつんのめる。
軽い力だが、抗えない何かを感じて振り返った。
――熱に潤んだ瞳を向ける、エイミィ。
風邪で苦しげな息を吐いて、彼女は小さく呟いた。
「行かないで……」
「い、行かないでってお前――」
ティアナは久遠を俺と認識して、容赦なく攻撃を加えている。
演習である以上殺し合いは御法度だが、戦う名目がある以上手加減は微塵もない。
俺が戻らなければ、最悪大怪我を負う危険がある。
俺が巻き込んだのだ、俺が責任取って戻らなければ――
逡巡する俺の心に、エイミィの細い声が飛び込んでくる。
「――リョウスケが優しくするから……甘えたくなっちゃった……
一緒にいて、あたしと……ね?」
元気そうに見えるが、一言一言喋るだけで溜息に似た重い息を吐いている。
裾を掴む手は力なく震えており、真っ直ぐな瞳にも力がない。
――大の大人でも、重い風邪で命を落とす。
縋るような視線は圧倒的で……普段明るく勝気な女性が、弱々しく懇願する姿は心を震わせる。
突き放すのは簡単だ。
掴む手を振り払って、とっとと出て行けばいい。
大事な用事がある、真剣に戦いを望む相手がいる、俺を行かせてくれた仲間達が苦しんでいる。
一人の女の――我侭を優先するべきではない。
それは分かっているんだが……
……。
……っく……
俺は肩を落として座り直して――シャツを掴むエイミィの手を、固く握り返した。
エイミィは一瞬キョトンとした顔をして、相好を崩した。
「……えへへ、ごめんね……」
「てめえの我侭にはいい加減慣れたよ。あー、面倒臭えな……この野郎は」
人間一人でずっと生きていくのは辛い。
どれほど強い人間も、時には誰かに頼りたくなる時がある。
甘えたくなる。
本当の友達だからこそ――強いところも弱いところも見せられる。
エイミィと長く付き合っていけるのは、こうして支え合う事が出来ているからかもしれない。
この手を、今の俺には離せない。
とはいえ――俺は次元世界に名高い天才剣士。
一国一城の主は己が家臣を見捨てたりしないのだ。
エイミィの手を握ったまま、俺は携帯電話を掴んで可愛い配下に指令を出す。
「久遠、俺が合図したら変身を解け。いいか?
俺が合図したら、だ――それまでは絶対に解くな、動くな、耳を貸すな」
『うん……グス……りょうすけ、こわかった……』
『遅いですよー!
今何とか物陰に隠れてますけど、ティアナさんに補足されています』
「悪い、悪い。後は俺に任せろ」
ミヤのバックアップの下、久遠の五感を通じて状況の確認を行う。
久遠の素早い動きで距離を稼いだのか、演習地は最北にまで移動していた。
廃墟郡の多い地帯で、窓ガラスの割れた廃ビルの一階に飛び込んだようだ。
窓の外には――ティアナ・ランスター。
窮屈に胸を締め上げるサスペンダー姿ではなく、双銃スタイルのバリアジャケットを装備。
明るい色彩を放つ髪をツインテールに纏めた少女は、油断なく対峙している。
鋭い眼差しに敵の姿を認め、魔方陣が美しく展開した――
『逃げ足だけは速いですね、先輩。尊敬します』
第二パターン、敬語で毒舌。
畏まった口調で壮絶に目上の人間を切り裂く、ティアナの必殺技だった。
同僚には愛想の少ない女の子だが、礼儀は非常に正しい。
たとえ内心快く思っていなくても、彼女は上下関係を大切にする。
生真面目で心は素直、努力家――上官にも好かれる管理局員。
――そんな頑張り屋の彼女が唯一心から嫌っている対象が、俺だった。
親の敵と言わんばかりに憎々しげに睨み、日常では辛辣な態度と毒舌。
演習時には非情な弾雨の洗礼、時には礼節すら覆して罵倒を浴びせる。
整った顔立ちだけに、冷笑ですら戦場の華となる。
「取り柄の無い人間よりはマシだろ、ティアナ・ランスター二等陸士殿」
当然嫌われている相手に、愛想を振り撒く俺ではない。
彼女同様、寛大な俺様が唯一殲滅対象としているのがこのガキだ。
人間出逢った時から仲良くなれる奴がいれば――
――出逢った時から大嫌いな奴もいる。
ティアナは典型的後者。
俺の遺伝子が、この小生意気な小娘を敵視していた。
「……リョウスケ、同属嫌悪って知ってる?」
「何だよ、いきなり」
「うーん……素直じゃない者同士、相性が悪いのかな……
いや、でもこういうタイプって、一度惚れ込むと……」
病人が何か言っているが、熱で呆けているのだろう――無視。
皮肉に嫌味で返されて、ティアナの切れ長な目が細くなる。
『才能が無いのは、人の事は言えないと思いますよ?
十歳年下の人間に追い越されて、少しは恥ずかしいと思わないんですか。
貴方が小娘扱いしている人は、部隊を運営しているんですよ』
――誰の事を指しているのか、語るまでも無い。
拳骨一発で涙目になっていた少女達は今、世界を舞台に飛び立っているのだから。
俺は鼻で笑った。
「これはこれは、お恥ずかしい――
同僚に追い越され気味な人もいますからね、世の中には。
私も気をつけなければいけませんな」
『――っ!』
俺様大得意の悪党笑いを披露したいが、純真無垢な久遠にそんな表情は不可能だ。
とはいえ、俺の指摘が急所を切り裂いた事は確かだった。
十代後半でB級に上った実力は大したものだが、心はまだまだ成長が足らんな。
「リョウスケも似たり寄ったりだと思うけど」
「見捨てるぞ、てめえ!」
的確な指摘をする親友にチョップしながら、久遠を通じてティアナの動向に注目する。
狙い通りティアナの双眸が怒気に濁り、双銃が火を噴いた。
クロスミラージュ――拳銃型のインテリジェントデバイス。
部隊配属で新しく製作された、彼女の愛銃がカートリッジを使用して魔力を装填する。
「――確かにアタシには、特別な才能や優れた魔力は無いわ……」
敬語が消えた――本気になった、何よりの証拠。
薄汚い廃墟を照らし出す、魔力の閃光――
常人を遥かに超えた努力の蓄積が、少女の磨かれた魔法に恩恵を与える。
「――超一流の隊長達にも、優れた才能を持つスバル達にも劣ってる――」
繊細な指先から引き金が引かれ、薬莢が転がる。
カートリッジを消費して、魔方陣が強化――ティアナの攻撃魔法が今、展開する。
「――凡人は、アタシ一人……」
カートリッジ、ロード。
双銃が火花を散らして、殺伐とした空気に魔力の火花を散らす。
禍々しい帯電と共に、複数の魔力スフィアが形成される。
「――天才と、歴戦の勇者達の中で――アタシは、貴方という存在を知った――」
そして、カートリッジをロード。
3連続のロード――
空中の帯電が強過ぎる魔力に制御を失い、術者の両腕に侵食する。
――苦痛に苛むティアナ。
様子を見ていたミヤは、堪らずに飛び出して叫ぶ。
『無茶です! それ以上カートリッジを消費すれば、貴方もクロスミラージュも――!』
ミヤの懸命な叫びも――それ以上に一生懸命なティアナには、届かない。
無情に、彼女の銃から魔力を装填する号砲が鳴り響く。
遂に未踏の領域――4発目のカートリッジを酷使した。
カートリッジシステムは弾丸に込められた魔力を、術者に一時的に供給するシステム――
都合の良い魔力供給に聞こえるが、術者の容量には限界がある。
強大なエネルギーを手に入れても、器が貧弱ならば暴走する。
4連続の消費は、明らかに彼女の限界を超えていた。
「――貴方を、倒す……貴方に、勝つ……
貴方を――絶対に、超えてみせる!」
けれど――ティアナの真っ直ぐな瞳は決して揺るがない。
彼女の熱い眼差しは、俺だけを映している。
何の才覚も持たない、凡庸な剣士を――
「クロスファイア――!!」
強く気高い意思が、制御不能な魔力を力強く練成する。
ティアナの詠唱に従って、形成された魔力スフィアが強力な弾丸を生み出す。
その数――16発。
同時に発射されれば、超高速の弾丸が俺に四方八方から襲い掛かるだろう。
崩れ掛けた建物では、ティアナの必殺の弾丸の前では盾にもならない。
逆に狭い建物が俺の行動を制限し、逃げ場を奪う。
緊迫感に満ちた雰囲気の中で――携帯電話の向こう側から、俺は勝利のエールを叫ぶ。
「変身を解け、久遠!」
『うん!』
――その叫びが、合図となった。
「シューーート! ――っ!?」
制御に集中していたティアナが目を見開く。
狙いを定めた標的が突如白い光に満たされて消滅し――残されたのは、可憐な女の子一人。
このまま発射されれば、弾丸が無慈悲に少女を貫く。
「だ、駄目ぇぇぇぇ!!!!」
執務官を目指す少女の正義は、そんな事実を断じて許さない。
発射の瞬間両手を振り上げて、蒼天広がる大空へ――
制御を離れた弾丸は真っ直ぐに空へ向かって激射されて、術者は反動で吹き飛んだ。
瓦礫を派手に巻き上げながら何度も横転し、壁に激突してようやく止まった。
全身を強く打った少女はそのまま地面に転がり、苦痛に呻く。
『……あ……ぐ……
卑怯……も……の……』
久遠を見て、大方の経緯を掴んだのだろう。
血と泥に濡れたティアナの怒りに染まった顔を見下ろして、俺は不敵に笑う――あくまでも、現実世界で。
きっと、久遠本人はおろおろしているに違いない。
「これも立派な戦術の一つだぜ、幻術魔法の使い手さんよ。
見極められなかったお前が悪い。あっはっは」
『――く……』
気持ちいい、気持ちよすぎる!
ティアナの綺麗だが小憎たらしい顔が、悔しさに歪むのが愉快痛快だった。
流石に自分の限界を超えた魔法を暴走させた余波で、身動き一つ取れないようだ。
地面に這い蹲ったまま、ティアナは俺を睨んでいたが――
『……っ……ぐす……っ……負けた……また……負け……っ……』
あ、あれー!?
あの強気で誰にも弱音を吐かないティアナが、嗚咽を漏らしている。
双眸から温かな涙が溢れて、頬を濡らし、地面を濡らしていく――
『次、は……絶対に……勝って、やる……貴方だけは……ヒク……絶対に……』
しかも、泣きながら不吉な事叫んでやがる!
ヴィータ以上の強力マーダー誕生の悪寒に居た堪れず、俺は携帯電話を切る。
後は心優しい妖精さんと小狐さんに任せよう。
電話を放り投げて盛大に溜息を吐く俺に、傍で笑う声が聞こえる――
「――何だよ……」
「べっつーに。
……こんな面白い奴独り占め出来て幸せですよ、あたしは」
「好きに言ってろ」
俺は、俺だけを独り占めできれば最高なんですけどね……
悲しくなって来たので、俺はエイミィと一緒にヨーグルトを食べた。
甘くて――しょっぱかった。
<END>
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