To a you side 外伝H みにくいアヒル(前編)


※この物語はリクエストによる架空未来の一つです。
To a you side本編の可能性の一つとしてお楽しみ下さい。






身分違いの恋――御伽話にはありがちなエピソードだ。





四民平等な社会が形成された現代でも、資本力や権力で根強い差別が生まれている。

能力主義が明確化している社会では狼が生き残り、豚は死んでいく。

優れた能力を持つ人間が実績に見合った富を約束されて、役立たずが使い捨てられる非情な世界である。



――民間人に平等な平和と正義を約束する時空管理局でも、同様だ。



一般的な企業よりも分かり易い階級を背番号のように一人一人に貼り付けて、隊員を選り分けている。

能力重視で性別や年齢問わず幅広い人間が活躍している為ある意味では平等とも言えるが、少なくとも凡人には出世など縁のない話である。


豚は豚のまま捨てられるまで飼われるか、狼の餌となって死んでいく。


心は常に自由などと冴えない哲学者はほざきそうだが、今の時代愛さえ階級差がある。

身分違いの恋が叶うのは、本当に……子供達の御伽話の世界だけだ。

豚が狼に仲間意識を持っても鼻で笑われるだけだ。

狼にとって、豚は食糧でしかないのだから。

豚が狼に恋焦がれるなど許されない。



――生まれた時から、存在価値が違うのだから。





今から話すのは、夢も希望もない現実の物語。

狼の集団の中で哀れに飼い殺されている、泥だらけの一匹の豚の話――















 時空管理局員の朝は早い。

部署にもよるが、俺が所属する部隊の基本は二十四時間体制。

早朝四時に自然に起きられる習慣が、既に身体に染み付いている。

目覚まし時計の必要のない生活は健康的なのか、不規則なのか――

軽い悩みに没頭出来るのは幸せな証拠、俺は軽い欠伸をしてベットから起き上がる。


「……あん?」


 目覚めてすぐに違和感に気付き、隣を見る。

シングルベットに小さな枕が二つ――青とピンクの縞々ピロケース。

何度も広いダブルベットを買おうと言っているのに、狭くても温かいと甘えるアイツの姿が見えない。

ピンクの枕は綺麗に並べられ、昨晩激しく乱れたシーツも整っている。

耳を澄ますと、ダイニングの方からパタパタとスリッパの軽い音が聞こえてきた。


「あの馬鹿……また早起きしやがって」


 舌打ちして起き上がり、御丁寧に用意されているシャツを着る。

素肌に当たるシャツの感触は清潔感があって、なかなか心地良い。

泥だらけの雑草を枕に眠っていた昔が嘘のようだ。

朝陽が昇り始めた時刻――部屋から出た俺は薄暗い廊下を歩いて、キッチンへ向かう。



「おはよう、良介。もう起きたんか」



 窓から入る薄っすらとした朝陽に照らされて、一人の女性がお玉片手にこちらを振り向く。


――八神はやて二等陸佐、機動六課部隊長。


十九歳の若手キャリアとして時空管理局では名高い女性が、愛情に溢れた笑顔を俺に見せる。

出逢った頃は未成熟な少女だったはやても、年月を経て美しく成長した。

細い手足はしなやかに伸びて、匂いたつような美女に。

エプロン姿が似合うのは昔も今も変わらず、柔らかなラインを描いている。

女は化けるとはよく言ったもので、男を虜にする清楚な色気を感じさせた。

はやては鼻歌を可愛らしく歌いながら、ゆっくりお鍋の中をかき混ぜている。


「もうちょっと待っててな。美味しい朝ご飯が出来るから。
今日は良介の好きな和食やよ」

「おー、いいね。はやての飯は美味いから楽しみだ」

「愛情タップリやから当然やん」


 仕事場では見栄を張らない女性が、少し得意げに胸を張る。

茶目っ気ある仕草に笑い返して、俺は大人しく食事を待つ。

食欲を誘う芳香漂う食卓に小さな幸せを噛み締めて――って、そうじゃねえ!?

憩いの一時に呑まれそうになっていた自分に懸命に抗って、はやてを睨む。


「あのな、はやて――」

「もう……まだ朝ご飯作ってる時にせっかちやね。


ん……」


 はやては瞳を閉じて、そっと唇を重ねる。

触れ合うだけの優しいキスに、甘さと愛しさが胸の奥に痺れるように広がっていく。

甘美な不意打ちに鼓動を高鳴らせていると、唇を離したはやてが頬を染めて可愛らしく舌を出す。


「良介と一緒になって長いけど……まだ恥ずかしいね。顔が熱くなったわ」


 職場では凛々しく、俺の前では可愛いはやて。

このギャップにたまらない愛しさを覚える。

自然に抱き締めようと手を伸ばして――慌てて引っ込める。

なーがーさーれーるーな、俺。


「おはようのキスじゃなくて!

――ようやく取れた休暇の朝に何で起きているんだよ」

「だって、良介朝ご飯食べていくやろ? 準備せなあかんやん。
わたしも良介と一緒に食べた方が美味しいから」


 失われた日本の良妻に、心から拍手を送りたい。

手強い上層部を相手に強気な上官が、家庭ではこれほど甲斐甲斐しいとは夢にも思うまい。

かつて家族を失ったはやてにとって、温かい家庭は夢だったそうな――

考えてみれば、十九歳の若さで部隊設立と自分の家庭を築いたこの娘は本当に凄いと思う。


――勿論夢を叶える為に費やした努力は半端ではない。


俺はその辺を心配している。


「最近忙しくてちゃんと寝てなかっただろ、お前。
折角の休暇くらい休まないともたないぞ」


 指揮官として――人間として優れた能力と高い資質を持つはやてだが、限界は当然ある。

特にはやては自分の事は最後まで自分でやる頑張り屋で、他人にも滅多に弱音を吐かない。

部隊存続と今後の運営に走り回る姿を見ていると心配になってくるってもんだ――事もあろうに、この俺が。

他人なんざどうでもいいのは昔も今も変わらんが、はやてが倒れるのは容認出来ない。

俺の寛大な情けに、はやては拗ねた顔をする。



「……そんな事言うて、昨日全然寝かせてくれへんかったくせに」



 うぐっ。

こ、ここで反撃しなければ負ける!


「途中から何度もねだったのはお前だろ」

「だ、だって久しぶりやったし――って、朝から何を言わすんや」

「っあだ!? 切り出したのはお前だろ!」


 照れた顔をしてお玉で叩く新妻に、口を尖らせつつもほのぼのとしてしまう。

二人で生活を初めて随分と経つが、こういうじゃれあいは胸が弾む。


――気を使ってくれたアリサやヴィータ達には、改めて感謝だな。


部隊設立時に行った、新居と宿舎への大引越しを思い出して感慨に耽る。

世間の義理人情は生憎と俺の心には宿らなかったが、アリサや守護騎士達には恩がある。

彼らの大切な主を託された以上――アリサに辛い別れを強いた以上、俺は精一杯応える義務があった。


「とにかく、朝飯食ったら寝るように」

「うーん、でももう起きてしまったから……」

「そういって、お前はすぐ何かしようとするだろ。この仕事人間め。
たまにはのんびりしろ、のんびり。

ゴロゴロしながらテレビを見るとか」

「ぐうたらな主婦やんか、それ。


……主婦……」


「自分で言って照れるな」


 結婚はしてないだろ、まだ。

――ぐあっ、まだとか言ってやがるぜこのおっさん。

俺一人じゃない将来を考え始めるとは、俺も年貢の納め時か。

冗談じゃない。

はやてと恋人関係になっても、俺のアイデンティティは守らねば。


「休暇中なら出来る事はタップリあるだろ。
趣味の読書とか――駄目だな、お前絶対報告書とか読むから」

「うー、読まれてる……」

「毎日部下の面倒やお偉いさんとのやり取りで、ストレスだって溜まってるだろ。
溜め込んでばかりだと、その内爆発するぞ。

思考だってネガティブになるし、疲労困憊で熱意だって薄れてくる」


 俺がはやての立場なら、一日でキレて上層部の叔父様達を殴るね。

十九歳の若さで部隊を新設したはやてへの風当たりはまだ強い。

表立って文句を言われないのは優れた実績と、部隊を支える強力なスポンサー様あっての事だ。


――俺は裏表問わず、散々言われてるけどな。


美しい白鳥と醜い豚。

白鳥は賞賛されて、豚はただ馬鹿にされる存在――


「私は別に平気や。皆に助けてもらってるし、頼りになる人も大勢いる。

それに――良介がこうして傍にいてくれてる。

怖いものなしやよ」


無敵のヒロインは、信頼に溢れた微笑みを向ける。

……ほんと、どっちが王子役だか分からんな。

昔から一度も勝てなかった凛々しい女の子に、温かい気持ちが胸に宿る。

下らん忠義心かもしれないが、守ってやりたくなる。

だがはやての意志の強さが、今は逆に困りものだった。


「無敵の部隊長殿が突然倒れられてたら、支える俺達が不安になるんですけどね」

「……その優しさに満ちた皮肉が、私の胸に突き刺さります」


 いい加減降参しやがれ、この野郎。

今度ばかりは譲らないぞ。

目を逸らさずに見つめていると、根負けしたのかはやても嘆息。

お玉を顎に当てて何やら考え込む様子を見せたが――やがて、ぱっと明るい顔になった。


「そうや! 折角の機会やし、良介の仕事振りを見に行こか!」

「……は?」

「うん、それがええわ。
わたしの我侭で六課に無理に配属させた形になったし、前々から気にしててん」

「待て待て待て、何故そんな話になる!?」


 思わず立ち上がるが、はやては自分の案に浮かれていて聞いていなかった。


「安心して、別に仕事に行く訳やないよ。
大好きな人の仕事の様子を見てドキドキしたいだけやから」

「今時、ストーカーでもそこまでしねえよ!?」


 お、落ち着いてください機動六課課長さん。

貴方は責任ある立場なのですよ!

俺は必死で可愛い恋人の暴走を止める。


「職場には他の局員だっているんだぞ!?」

「うん、ちゃんと許可を貰うよ」

「許可もくそも、お前が一番上じゃねえか!? 却下出来る奴の顔が見たいわ!
ほ、他の連中だってお前がいたら緊張して仕事が出来ないだろ。
大人しく休んでろよ!」

「隊舎やから一応制服は着るけど、今日はプライベート。
わたしからお願いして皆に分かってもらうから」

「理解されそうだな、おい!?」


 部隊の主力陣の顔を一人一人思い出して頭を抱える。

職務には厳しい隊長陣だが、今回表向きは俺の仕事の監査なのだ。

常日頃から問題児扱いの俺を教育する意味で、豪快に話が通りそうな気がする。

副長達は主はやて万歳、補佐眼鏡は俺の職務態度に頭を抱える毎日――うーむ、むしろ喜びそうだ。

焦りまくる俺に、はやてが不思議そうな顔をする。


「仕事内容を見られて、何か困る事でもあるん?」

「そ、そんなもん――」


 ――ありまくるに決まってるだろ。


やばい……今のニコニコ顔が、夜には般若になっていそうだ。

夜天の王が本性を発揮すれば、我が家は壊滅するぞ。

断る理由を探していると、はやてはしょんぼりし始める。


「良介とわたしって、普段仕事場では殆ど顔を合わせることないから。
少しでも……距離を埋められたらなって思ったんやけど……」

「うう……」


 そ、その寂しそうな顔はやめろ。

次元世界の未来を憂う表情より、余程辛そうに見えるぞ。

お前は世界の命運よりも、俺が大事なのかよ……全く。


――不意に、ティアナの生真面目な顔が浮かぶ。


"分かってるんですか?
貴方の今の階級は訓練校の生徒より低いんですよ。
普段からきちんとしていないから、永久Fランクだの、窓際事務員だの、陰口を叩かれるんです"


うーみゅ、うるせえ後輩だが今は奴の毒舌が染み入るぜ。

仕方ない、覚悟を決めるか。

今からだと事前に口止めも出来ないが、連中ならばアドリブで何とかしてくれるに違いない。

大体はやてが傍で監視してるんだ、普段通りに俺に話しかけてくることは――


「そんなに心配せんでも大丈夫。わたしかて、ずっと良介に付きっ切りで邪魔をするつもりはないから。
ミヤに協力してもらって、あの娘を通じて仕事を見せてもらうわ」


 ――素晴らしいフォローをどうもありがとう。

どうやら退路を完全に断たれたようだ。

多分……はやてがここまで熱心に申し出ているのは、野次馬根性の為だけではないのだろう。


心配しているのだ、この御人好しな恋人は。


本人が気付いているのだ、上層部にも顔が利くはやてが俺の悪評を知らない筈は無い。

半分以上自業自得なのだが、自分の好きな人の悪口を聞いて何も思わないはやてではない。

何より――


――俺個人の時空管理局への入隊の動機も、はやての為。


自分が組織努めにむいているとは、これっぽちも思っていない。

管理局員としては大いに失格だが、法の守護者を気取るこの組織を心から信用していない。

ぶっちゃけて言えば、俺は世界なんぞどうでもいいのだ。

自分がこうして生きている間も、どこかで誰かが死んでいる――それが、今の現実。

厳しい現実を変えようとする理念は御立派だが、俺にそんな力があるとは思っていない。


俺に出来るのは、はやての傍にいる事。
俺がやりたいのは――自分が大事に思える人を、守る事。


あくまでもおまけだが……六課の連中が本当に困っているなら、助けてもやるさ。

こんな不純な動機を持っていて、尚且つ所属する組織には反抗的。

更には才能の欠片もない愚鈍な人間をエース達が気に掛けている――陰口を叩かれるのは当然だ。


そんな当たり前にすら、はやては心を痛めている。


六課における俺のポジションの事もある、心苦しいのだろう。

職場内で本当に問題なくやれているのか――自分の優しさを野次馬根性にすり替えて、俺に提案したのだ。


……やれやれだ。


「分かった。見たいのなら、お好きにどうぞ。
俺様の仕事の出来栄えを見れば隊長に昇格したくなるぞ、お前」

「あはは、ほんまにそうやったら考えるわ」


 俺の承諾を得られたのが嬉しいのか、はやては頬を紅潮させて頷いている。

――さーて、えらい事になったぞ……

はやてがルンルン気分で朝ご飯作りに取り掛かっている間、俺は必死で対策を練る。

俺が日頃どんな環境・・・・・で仕事をしているか、はやては殆ど知らない。


美しい翼で大空を飛ぶ白鳥に――泥沼を泳ぐ醜いアヒルなんて見えはしない。


今日、俺の職場環境を見てはやては思い知るだろう。





――家畜は飼われるのが仕事なのだと。



















































































<続く>







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