To a you side 外伝N 管理外世界の看板娘(前編)


※この物語はリクエストによる架空未来の一つです。
To a you side本編の可能性の一つとしてお楽しみ下さい。






新暦1年、質量兵器の禁止が取り決められて時代は大きな変革をもたらした。

魔法文化の形成と、新たな科学の誕生――

平和を願う人々の熱意が奇跡の進化を生み出し、優れた技術が生産の発展に繋がる。

魔法と科学の融合による成果の広がりは、経済活動の規模が拡大するにつれて大きくなっていった。

次元世界間の諍いは薄れていき、強大な力は国威発揚や軍事利用の為だけでなく、産業の振興や様々な社会資本の整備にも活用された。


世界平和の象徴たる次元世界ミッドチルダの首都クラナガンが、その最たる例である。


治山治水、道路や鉄道網の整備、上下水道の整備、エネルギーの確保にシステムの発展――

幾多の世界より多くの人々が立身出世を夢見て上京し、中央区画と東西南北の5地域に大別される巨大都市に規模を広げていった。

一方集団化する社会は、科学技術の成果の一方的な受益者である個人を置き去りにしていく。

時代の進化に誰もが皆ついて行ける訳ではなく、否応なく科学技術の発展の影響に巻き込まれて社会の枠組に閉ざしていった。

一個人にとってミッドチルダは広大で、法の守護者時空管理局の中心は敷居が高すぎた。

才ある者は社会に祝福を受け、才無き者は弾き出されてしまう。


喜ばしくも哀しき都市クラナガン――喧噪の街の中に、シックな外装の店が存在する。


古き良き時代に存在した憩いの場所、古びた街角に建てられている。

大きな都市に埋もれた小さな御店。

目立たぬ場所にありながら、山と海が彩る自然の優しい空気に包まれている。





忘れていた思い出や懐かしい人達に、きっと出逢える心の交流所――人は親しみを込めて、喫茶"翠屋"と呼ぶ。















 豊かな香味とコク深い味わい。

そしてすっきりとした後味が特徴のブレンド珈琲。

友人知人、家族に仲間、時空管理局及び聖王教会、さざなみ寮や海鳴大学病院。

果てはどこぞのソングスクールやレスキューの友人にまで味見をさせて作り続けた、俺のオリジナル珈琲。

剣より熱心に修行していると連中に笑われたが、年月を経て少しは味わい深い珈琲になったと自負している。

角砂糖と濃厚ミルクを添えて完成である。



「苦え」



 実に端的かつ、分かり易い感想。

小さな舌をペロっと可愛らしく出して、ペッペッと吐き出している。


……オッケー、落ち着こうではないか。


俺も責任感を持つ一人前の大人。

接客業を務める立場である以上、お客様には笑顔で接する必要がある。

人それぞれ好みがあるし、珈琲そのものが舌に合わない人間も多くいる。

俺の自信作とはいえ、不味いといわれて怒るようでは駄目だ。

スマイル、スマイル。

俺はニッコリ微笑んで――容赦なく、拳を振り下ろした。


「ふぎゃっ!? 痛ってぇ……何しやがる!!」

「やかましい! 余裕ぶっこいて味を確かめてやるなんぞ言ったくせに、苦いの一言か!
お子ちゃまの舌で珈琲の美味しさは分からないと、あれほど言っただろうが」

「うるせえ! アタシだって珈琲くらい飲める!」

「なら、飲んでみろよ。ほれ」

「うう……」


 香り豊かな珈琲を前に、勝気な表情を躊躇に染める女の子。

鮮やかな紅い髪が特徴の麗しき剣精――アギト。

負けん気の強い性格なのだが、挑戦心より拒絶本能が勝っているようだ。

……そこまで嫌がられると、普通に傷つくんですけど。

嘆息してコーヒーカップを取り上げると、喫茶店の精霊は目を見開いて俺に飛びついた。


「待てよ!? 飲むって言ってるだろ!」

「嫌がってるじゃねえか、露骨に!」

「いいから寄越せよ! アタシが味見してやるから!」

「その味が分からないんじゃ意味が無いだろ!」

「皆に美味しいって言われるのが夢だろ! アタシにも美味しいと言わせてみろよ!」

「いい感じに正論吐きやがるな、畜生!? 
大体、珈琲ってのは苦味を楽しむ飲み物なんだよ! お前には無理!」

「うるせえ! この烈火の剣精アギト様に不可能なんてねえ!」

「珈琲と何の関係があるんだよ、その肩書き!」



「喧嘩をしてはいけません!!」



 ――恐ろしいほど静まり返る厨房。

コーヒーカップの掴み合いをする俺達に、突如襲い掛かった怒号に言葉を失う。

俺達は顔を見合わせて、恐る恐る厨房の入り口に視線を向ける。


喫茶翠屋のエプロンをつけた、一人の女性――高町なのは。


幼少時代の可愛らしさと、多感な乙女としての華を持つ顔立ち。

ツインテールの栗色の髪は、サイドに寄せたポニーテールに変えてよく似合っている。

丸い瞳には人々を笑顔に変える柔らかさと、前向きな強い意志に光っていた。

母親譲りの美貌は年を経て磨かれていき、その微笑みは多くの人々を虜にする。

豊かに実った胸には、紅い宝石。


白い指先に光るのは――結婚指輪。


愛らしい女性の笑顔を一人の男が独占した、何よりの証。

その証を許された名誉ある男性――その俺が、女性の怒りまで独り占めしていた。


「お店の中まで響いてましたよ! どうしてすぐにアギトと言い争うんですか、アナタ・・・!」

「今回は俺が悪い訳じゃないぞ!? 
俺が親切に珈琲を入れてやったのに不味いって言いやがって――」

「不味いなんて言ってねえだろ!? アタシは苦いって言ったんだ!」

「飲めないのと同じだろ、それは!」


「喧嘩しちゃ駄目って言ってるでしょう!」


 可憐な声で鋭く切り裂かれて、俺たちは息を呑んで黙り込んだ。

周囲の男共が羨む美人の奥さんだが、なのはさんは新妻になって凛々しくなった気がする。

赤の他人を家族に迎えて長年支えた桃子の偉大な血を、間違いなく受け継いでいた。

なのははコーヒーカップの陰に器用に隠れたアギトを見つめて、


「アギトも、意地を張ってばっかりだと嫌われるよ。それでもいいの?」

「うっ……やだ……」


 穏やかに諭されると調子が狂うのか、アギトは悲しそうに俯いた。

表情を緩めて、かみさんは両手の平で落ち込んだ顔の精霊を乗せる。


「喧嘩した理由を教えてくれるかな。
アギトはどうして、珈琲の味見がしたかったの?」

「……アタシは……戦う事しか出来ねえから……

ちょっとでも何か力になりたいって思うけど……どうすればいいのか分からなくて……


役立たずで捨てられたくねえ……」


 なのはの優しさに感極まったのか、本音を漏らして泣き始めた。

烈火の剣精アギト――古代ベルカの融合騎。

ちょっとした奇縁で知り合い、今は俺の所へ身を寄せている。

俺の長年の相棒である青空の妖精ミヤと喧嘩ばかりするが、本質は似ていた。


義理人情を大切にして、仲間に深い情を持てる女の子――


違いは、融合者に対する愛――

ミヤは俺を息子のように扱い、自分が面倒を見るのだと母性的に接する。

アギトは俺を恋人のように扱い、自分が一番力になれるのだと献身的に接する。

お陰で二人は顔を合わせれば、嫁と姑・・・のように口喧嘩するのだ。

心の内を明かして顔を真っ赤にするアギトに、なのはは頬擦りする。


「アギトもわたしと一緒で、良介さんが大好きなんだよね?」

「……うん」


 ――こんなに健気な少女を捨てる奴が、この世にいるのだろうか?

淡白な俺でも、心にじーん……と来たぞ。

普段は生意気娘だが、たまに純情な面を見せるので侮れない。

俺を心細そうに上目遣いで見るアギトに、俺はコーヒーカップを手に取った。


「淹れ直してやるよ。砂糖多めにすれば、お前でも飲めるだろ」

「おっ――おうよ! バッチリ飲み干してやっからな、へへ」


 味の評価を重視しろよ、頼むから。

投げやりにでもそう言ってやりたかったが、ご機嫌に飛び回るアギトを見て気力が萎えた。

俺達が仲直りして嫁さんも機嫌を直した様子、これ以上は野暮ってもんだろう。

やれやれ、開店前から余計な時間を費やしてしまった。


「仕込みは終えて……なのは、店内の掃除は終わってる?」

「ちゃんと綺麗にしたよ。テーブル拭きは――」



「ママ、パパ! 御掃除、終わったよ!」



 噂をすれば何とやら、仲睦まじく話している夫婦の間に子供が飛び込んできた。

拭き終わった雑巾を片手に、誇らしげに笑っている。


右目が翡翠、左目が紅玉のオッドアイの少女――ヴィヴィオ。


年相応な可愛い反応で、なのはに無邪気に甘える女の子。

小さなエプロンドレスを着けた姿は、その歳の少女だけが持ちうる魅力を溢れさせていた。

血こそ繋がっていないが、なのはとヴィヴィオは本当の家族以上の絆を結んでいる。

恐らく自分から手伝いを申し出たのだろう、少女の成長をなのはは素直に喜んで頭を撫でている。

満面の笑顔を浮かべていたヴィヴィオは、俺にじぃーと期待の眼差しを向ける。

――沸き起こる、悪戯心。

露骨に目を逸らしてやると、ヴィヴィオはエプロンを掴んで泣きそうな声を上げた。


「パ、パパ……?」

「――」

「……グスッ」

「ア〜ナ〜タ!」

「いたたたたたたっ! 千切れる、耳が千切れる!?」


 無垢な少女を無視攻撃は、親馬鹿なママさんに封じられた。

容赦なく耳を引っ張られて、俺は悲鳴を上げる。

先程の殊勝さも何処へやら、アギトは惨めな俺を指差して笑っていやがります。

古き良き時代へ帰りやがれ、空飛ぶ骨董品め。

甘さ0のブラックコーヒーをお見舞いする決意を固めた後、俺は肩を落として二代目チビっ娘に視線を落とす。


「前にも言っただろ、ヴィヴィオ。パパと呼ぶのは止めなさい」

「パパはなのはママとケッコンして、本当のパパになるって――」

「だーめ。お兄ちゃんと言いなさい」

「でも、パパはヴィヴィオのパパだから、パパがいい」


 ええい、譲らない奴め!

顔も性格も似ていないが――俺を困らせる頑固さは、昔のなのはとそっくりだ。

何が悲しくて、二十代でパパと呼ばれなければならんのだ。

――正確に言えばそろそろ三十代ですけど、男は見栄を張りたい生き物なんだよ!


「おにーちゃん、ほら」

「……パパ」

「おにーちゃん!」

「ふぇ……パパ」

「だーかーら、おにい――」

「往生際が悪いですよ、アナタ」


 顔を合わせて押し問答を繰り返す俺に、なのはは苦笑してヴィヴィオを抱き上げる。

教育は比較的厳しい我が妻だが、俺が絡むと妙に甘くなる気がする。

愛する亭主より、可愛い我が子の味方をするのだ。

うっ……悲しいと思ってしまう俺は、既に所帯じみてきている!?


「結婚する時、ヴィヴィオも正式に引き取るって話し合ったじゃないですか。
三人で優しい家庭を築いていこうって」

「それはそうなんだけどよ……どうも抵抗があるというか――」

「もう……ヴィヴィオ。
こうなったらパパが慣れるまで、ずっとパパって言い続けなさい。

大丈夫。ママもね――昔はパパに意地悪ばかりされてたけど、一生懸命頑張ってパパとケッコン出来たの」

「うん、ヴィヴィオ頑張る! パパのお嫁さんになる!」

「そっ――それは駄目、ヴィヴィオ!?」

「くっくっく、流石なのはの娘。パパ、どうしようかなー」

「あー、パパが今、パパって言ってくれたー!」

「ぐあああ、しまった!?」

「あっはっは、ばっかーでこいつ」


 開店前の厨房内で、柔らかな笑い声が響き合った。


高町なのはと宮本良介――そしてヴィヴィオ。


俺達の関係の成就は、並大抵の苦労では済まなかった。

正式な身元が不明の俺、管理外世界出身者のなのは、研究素材として生み出された孤児の少女。

平穏に暮らすだけならばまだ良い。


――俺達には叶えたい夢があり、心から望む未来があった。


心優しいなのはは最初は遠慮した、俺の負担になりたくないとまで言ってくれた。

俺となのはの関係が何時から始まったのか、実のところ分からない。

愛し愛されるを御互い口にせず、兄妹の関係が健やかに進展して何時の間にかこうなっていた。

まるで小さな種が芽を開き、華を咲かせたかのように、自然に俺達が結ばれた。


俺達の手を温かく繋いでくれたのは、小さな天使――


見えない将来に不安がる俺達を、祝福の笑顔で照らし出してくれた。

――自分達の娘にしようと決めたのも、俺だ。

情に流されただけの安易な決断ではない。

桃子や高町兄妹、レンや晶、フィアッセを含めた高町の家族――数少ない親類縁者。

この十年間で巡り出逢った沢山の友人達に、異世界の仲間達。

俺は一人一人に頭を下げて、相談した。

真剣に心の内を伝え、自分に足りない部分や知らない事を聞いて助けて貰った。

恥だとは少しも思わなかった。

頼りないと思われても仕方ない俺を、桃子達は誰一人笑わず真剣に応えてくれた。

風来坊な俺を、桃子が笑顔で受け入れてくれた時目頭が熱くなった。

――なのはを頼むと頭を下げた偉大な男に、俺は必ず守り抜く誓いを立てた。


法律どころか、世界すら飛び越えて――俺達は皆に支えられて今、此処で安らぎの空間を作っている。


「さて――和んでる場合じゃねえ。開店時間、もうすぐだぞ」

「そうね。アギト、ヴィヴィオを手伝ってくれるかな?」

「おう、別にいいぜ。珈琲飲んでケーキ食べて、しっかり面倒みてやるよ」

「……ちゃっかりしてやがる」





空が青く太陽が輝いている日、軽やかなドアベルの音が店内に響き渡る――



















































































<続く>







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