とらいあんぐるハート3 To a you side 第一楽章 流浪の剣士 第十話




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 何がなんだか分からない。

確か俺は前先のじじいに再戦するがために、わざわざこんな夜中に街へと下った筈だ。

上天からは月が寂しげながらに儚い光を称えて、俺の真上で存在を示している。

こんなくそ寒い夜はいつもならさっさと暖かくして寝るのだが、俺は完全勝利を求めてここまで来た。

予定では道場で辿り着いた俺はじじいの居所を知り、勝負を挑んで叩きのめすつもりだった。

そうなるだろうと俺は信じて疑わなかった。

…だったのだが、今ではこうして周囲を大勢に囲まれている状況へ陥っている。


「無駄だろうが、一応言う。俺は何も知らんし、何もやっていない。
ただ通りがかっただけだ」


 先程から殺気立った視線を向ける周囲の人間に聞かせるように、俺は冷静に言った。

俺とて常識人。事を荒立てるような真似はしたくはない。

常識ある奴が殴りこみをかけるのかという意見はこの際無視する。


「ふざけるな!そんな血塗られた木刀を持って何を言う!」


 俺の背後より怒りに顔を染めた道場生が、俺をキツイ眼差しで睨み付ける。

俺は負けじと睨んで言ってやった。


「大体なんで俺が通り魔まがいの事件起こさないといけないんだ?
俺はたまたまこの人が倒れているのを見つけたんだ。
この木刀だって拾っただけであって…」

「よくもぬけぬけとそんな事が言えたものだな!
うちの道場生を叩きのめしておいて…この外道が!」


 日頃練習に余念がないのであろう、自前の竹刀を構える姿は堂に入っていた。

少なくとも一日や二日で身に付く構えじゃない。

が、俺はそれよりこいつの言葉が気にかかった。

うちの道場生? つまり、この倒れている男は…


「こいつ、前先道場の者なのか?」

「いい加減にしろ! どうせ大方、先生に昼間やられたのを恨んでの犯行だろう!!
殴り込みをかけて来た時から礼儀知らずな男だとは思っていたが、ここまで性根が腐っていたとは…
近藤が…近藤がお前に何をしたというのだ!」


 近藤と呼ばれた倒れている男とは知人だったのか、友人関係にあったのか。

その道場生は街灯に照らされたその顔を涙で濡らして、俺を憎々しげに見つめていた。

他人のために泣ける。きっと、こいつはいい奴なのだろう。

俺を犯人扱いさえしなければ、それなりに評価を改めていたかもしれない。

視線を下に向けると、変わらず後頭部より血を流しながら倒れる男が目に入る。


「だから! 俺はしてないって言っているだろう。
今だってじじいに再戦を挑むべく、こうして…」

「何い!? 先生にまで、貴様の腐った剣で切り伏せるつもりか!
そうはさせんぞ!!」


 うわ〜、こいつ滅茶苦茶単細胞だ。

俺はその場で頭を抱えたくなかった。

えてしてこういった熱血男には話し合いにはむかないタイプである。

仕方がない。こいつを説得するのを諦めて、俺は正面を向いた。

俺の前方の中央に位置する状態で、黒ずくめのその男は対峙していた。

先程までは素手だった筈だが、いつのまにか男は両手に剣を携えている。

しかも俺や背後の熱血君のような木刀や竹刀ではなく、小振りの真剣だった。


「あんたも俺を捕まえるつもりか?」


 何だろう? 口で説明するのは難しい。

あえて言うなら、目の前の黒ずくめの男から漂う雰囲気は一言で言うなら「静」だった。

殺気や敵意は感じず、ただそこにいる。そんな感じである。

だがもし俺が切りかかれば、即座に対応できる程油断も隙もなかった。


「貴方にも事情があるのかもしれない。しかし現状証拠の全てが貴方を犯人だと示している。
手荒な真似をしなければ、俺も何もするつもりはない。
貴方が潔白ならば、すぐに誤解は解けるはずだ」


 男は至極冷静な態度で俺に言葉を投げかける。

なるほど。自分が何もやっていないのなら大人しくして、警察に事情を説明すればいい。

潔白である事を貫けば、確かに判ってくれるかも知れない。

男の背後に列挙して並んでいる人達の表情も、恐怖と怒りが混じりながらも冷静さを保とうとしている。

黒ずくめの男の言葉に納得したのだろう。

なかなか大した奴である。

俺と同じような歳に見えるが、この現場を見て眉一つ動かさなかった。

余程の度胸と胆力がなければこうはいかない。

少なくとも背後に控えている中年オヤジ達全員よりも、この男一人が手強そうだ。

確かにこいつの言う事は全て正論だ。

だが、警察を呼ばれると俺は非常にまずい。

別に犯罪を犯した訳ではないが、未成年に対して警察は甘いようで厳しい。

俺のように身元引受人がいない…訳ではないが――


「なるほど、あんたの言う事は正しいな。
だが警察事は面倒だからな。
悪いがお世話になるつもりはない」


 淡々とそう述べると、途端に中年連中が騒ぎ出す。


「やっぱりこいつだ! こいつが犯人だ!!
おい、すぐに警察と救急車を呼べ。早くしないと逃げられてしまうぞ!」


 親父の一人がそう言うと、心得たのか何人かがそのまま走っていった。

残った連中も携帯電話を取り出して、通報をしている。

げげっ!? ここはひとまず逃げるしかないか…


「おい、狐。こっち来い」

「く、くぅん…」


 狐なりに事情を察したのか、大人しく俺の足元へトコトコ狐はやって来た。

俺はすかさず胸元のシャツの中へ押し込んで、両手の獲物を構え直す。

左手に剣・右手に木刀。

二刀で戦うのは初めてだが、勝負とは何も勝つ事ばかりではない。

油断なく二人を交互に見つめながら、俺は状況を整理する。

背後に熱血君が一人、前方に黒ずくめの男筆頭に中年親父数人。

熱血君はあの時道場生の代表みたいな立場だったので、そこそこ強いだろう。

目の前の黒ずくめは恐らく相当に、中年親父達は素人といったところだろうか。

無論俺にかかれば全員倒すのは朝飯前だが、時間がかかりすぎる。

長引けば、警察が来て俺はあっという間に逮捕されるだろう。

時間にして凡そ猶予は数分。

全員叩きのめせばそれで済む事だが、警察に手を出せばいつまでも追われる身になる。


「お前らに恨みはないが勘弁しろよ。
善良な一剣士を疑うお前らが悪いんだからな」

「ふん、勝手な事を。高町さん、かまう事はない。
こんなド素人、正義の剣で身の程を思い知らせましょう」


 何が正義の剣だ、何が。

自分を正義だとのたまう奴ほど、実は危ない奴だったりするんだぞ。

俺が呆れ返っていると、黒ずくめの男は一歩前に出る。


「…」


 熱血君の言葉にも無反応な様子で、俺の隙をうかがっている様だ。

俺は目を細めて、ぎゅっと持ち手を握る。

突破口は二つ。前か後ろか。

俺は躊躇わずに踵を踏んで、その方向へと強烈な第一歩を踏む。


「む、や、やる気か!?」


 俺の進路上にいる障害ー熱血君ーは、ややうろたえながらも竹刀を構えなおす。

黒ずくめの男を相手にするのはパス。

背後にも親父達がいるし、何より得体の知れない何かを感じる。

俺はそのまま加速しながら、持っていた右手の木刀をすんなり投げつけた。

まさかそう来るとは思っていなかったのか、熱血君は顔色を変えて竹刀を振るった。


「うおうっ!?小癪な!!」


 切り払われた木刀は弾け飛び、熱血君の横脇に乾いた音を立てて落ちた。

それで安心したのか、熱血君は落ちた木刀へ注意を逸らしてしまった。


「もらったっっっ!!」


 瞬間俺は至近距離より接近し、すれ違いざまに剣を振るった。


「がぎっ!?」


 胸を思いっきり斬られて、熱血君はたまらず地面へ倒れこむ。

そのまま走る速度は緩めず、俺は倒れて咳き込む熱血君を一瞥してこう言った。


「安心しろ、みね打ちだ」


 一度は言いたかったこの言葉。

木切れにみねもくそもないが、俺的にオッケーである。

成功した喜びに口元を緩めて、すかさず木刀を拾ってそのまま駆けて行く。

よし、このまま逃走すれば――!?

猛烈な寒気が全身に走り、俺は瞬発力を生かして真横に飛んだ。



カシンっ!



 一秒にも満たない刹那。

細い金属音が耳元で唸り、俺は驚きと動揺に身を震わせて先ほど自分がいた場所を見る。

暗くてよくは見えなかったが、何か糸状の物が俺の足元辺りを過ぎる。

背後を振り向きたい衝動にかられたが、もし足を止めれば第二弾が襲いかかるだろう。

俺はそのままフルスピードで道路を駆け抜けて、そのまま現場を走り去る。

そのまま全力ダッシュする事五分。

「へっへ、さすがにもう追いつけ…えっ!?」


 自分で言うのも自慢だが、脚力には相当自信がある。

山を駆け抜けて、ランニングを積み重ね、全国を渡り歩いたこの足だ。

そこらの凡人では到底追いつけない速度で走っている。

その筈なのだが前方にある道路脇に設置されたミラーを見ると、一定の距離より男が走り寄って来ている。

嘘だろう!? 俺の足に追いついて来ているのか!?

思わず焦ってしまう俺だが、深夜のミラーに映し出された男の様子に目を見開いた。

黒ずくめのその男はひゅっと人差し指を振るう。

猛烈に嫌な予感がして、俺は道路中央からガードレールを飛び超えて脇の歩道へ着地。

そのまま足を止める事無く、再びレースを再開する。

さっきのは…糸?いや、鋼線か?

あいつ、あの二本の小刀の他にも武器があるってのかよ。

戦慄しながら、そのまま追いかけ合いをする事十数分。

何とか引き離したかったが、男は俺と同等かそれ以上の速度で追いつかんばかりに走ってくる。

し、しぶとい…こうなったら戦うか。

これ以上余計な手間は省きたいが、男はどうやら見逃してはくれそうにない。

しかも、事態はどうやら最悪な方向へ向かっているようだ。

俺がこれまで走ってきた方向から、けたたましいサイレンが聞こえてくる。

十中八九、パトカーだろう。

くそう、普段は何の役にも立たないくせにこういう時だけ対処が早い。

恐らく通報を聞きつけてやって来た警官が、親父連中に事情を聞いて追いかけてきたのだろう。

やばい、やばすぎる。

いくら俺が足が速くても、車に勝てる訳がない。

かといってこのまま足を止めても、俺を犯人扱いして逮捕するのがオチだろう。

何しろ逃走するために熱血君を斬ったのだ。言い訳はもう通用しない。

俺は悩みながらも足を止めずに走って来たが、やがて見えてくる先に俺の脳裏に絶望の鐘が鳴った。

前方は広い交差点になっており、俺が走ってきた歩道はそこで終わりになっている。

歩道の先はガードレールが引かれており、レールの向こうは車がすごい速度で行き交っていた。

道路を渡るための歩道橋はあるが、階段を上っている間に男につかまるだろう。

かと言って無理に道路を渡ろうとすれば、車に跳ねられる事うけあいだった。

入りながら躊躇する俺を嘲笑うかのように、サイレンは徐々に近づいてくる。


「駄目か。こうなったらお前だけでも…」


 俺は胸元で心細そうに見上げる狐を見て、俺は足を止めた。

半ば観念していたのだが、運命の女神はどうやら俺を見放してはいなかったようだ。

横手の道路は交差点に差し掛かっている信号待ちで、停車中の車が多い。

何気なくそのまま車の群れに目を向けると一つの車を見つけ、俺は表情を輝かせた。


「うっしゃーーーーー!!!」


 俺は歓喜のまま、道路へ飛び出した。

そのまま信号待ちの車の間を走り抜けて、先頭車両へと向かう。

五月蝿い程にクラクションが鳴らされるが無視して、俺は先頭を陣取っていた高級車へと辿り着く。

俺の記憶が正しければ、こんな超高級車に乗る奴は一人である。

俺が運転席の窓を激しい勢いで叩くと、窓が開いて一人の美人女性が顔を出した。


「宮本様、ですか? いかがなされました」

「え・・? ちょっと侍君じゃない。どうしたの?」


 運転席と助手席に座ってややびっくりした顔をしているのは、ノエルと月村だった。

やっぱり!? これぞ天の助け!


「一体どうされ…あ、宮本様困ります」

「ちょ、ちょっと侍君!? そんな無理に乗ってこないでよ!」


 有無を言わさず、俺は運転席の開いた窓から飛び込んだ。

苦しそうにしている二人には悪いが、状況が状況である。我慢してもらうしかない。

俺は二人の間に狭苦しく収まると、ずびしっと前方を指差した。


「悪い! とりあえず思いっきり走ってくれ!!」

「しかし、信号は赤です」

「赤とか言っている場合じゃないんだよ!?
非常時なんだ!!」

「ちょっと何がどうなっているのよ、侍…」


 クールな美貌にやや戸惑いを浮かべて月村が何か言いかけるが、聞こえてくるサイレン音にはっとする。


「さ、侍君。ひょっといて、まさか…?」

「そのまさかだ。とりあえず俺を信用してくれ!!!」


 我ながら無茶を言っているとは思う。

いくら恩義があるとはいえ、月村は俺を助ける義理はない。

何しろ今朝会ったばかりの他人であり、友好関係は全くないのだ。

でも、今俺が頼れるのはこいつら二人しかいないのも事実だった。

俺は真剣な瞳で二人を見つめる。

ノエルと月村は俺の顔をじっと見て、やがて顔を見合わせた。


「忍お嬢様、いかがいたしますか?」

「…ノエルはどう思う?」


 月村の静かな問いに、ノエルは静かに答えた。


「私は、宮本様は信用できると思います。嘘をつかれる方には見えません」


 ノエルの答えに月村は楽しそうに笑って、シートベルトをする。


「ノエル、映画の予定はキャンセル。その代わり本物のアクションシーンを楽しむわよ」

「分かりました。
忍お嬢様、宮本様、振り回されないようにご注意ください」


 そう言った途端ノエルはアクセルを踏み、ハンドルを捌いた。

車は赤信号であるにもかかわらず、中央交差点を左手に沿って猛烈な加速で走っていく。

俺は必死で助手席にしがみ付きながら、バックミラーの向こうで立ち尽くす男に舌を出した。



























<第十一話へ続く>

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