月姫「エナジー・マイ・エース」その9
--------------------------------------------------------------------------------
「あ、秋葉!?」
「どうかしたんですか、兄さん。顔色が悪いみたいですけど・・・」
俺の顔を見つめて心配そうな眼差しをむける秋葉。
今朝の事もあってか、秋葉は俺に対して少し心配になっているようだ。
最も本人にしてみれば、朝の事も今の事も自分自身が巻き込まれる形での事なので、
秋葉に対して申し訳ない気分になってくる。
もし事態がこれほど緊急でなければ、ゆっくりと自分の妹と会話を楽しむのだが・・・・
「兄さん、私の話を聞いていますか?先程から目が泳いでいますよ」
いつまでも反応がない俺に苛立ってきたのか、目をきつく細めて秋葉はじっと俺を見る。
やましい事は何もない筈なのだが、なぜか秋葉を見ていると訳の分からない罪悪感に襲われた。
と、とりあえず早く先輩の所へ行かないと・・・・・
アルクェイド達との話で随分と時間を食ってしまったのだ。
トイレと言って出てきたとはいえ、そろそろ勘のいいシエル先輩なら俺の嘘に気づく可能性がある。
「だ、大丈夫だって。少し走ってきたから息が切れているだけだ」
わざとらしくはーはーと息を荒げて、俺は秋葉に説明する。
すると疑い半分の視線を向けて、秋葉は口を開いた。
「まあ兄さんがお昼に何をしようと自由ですけど、あまり恥ずかしい事はしないでくださいね。
妹の私まで変な目で見られますから」
・・・・・・どういう意味だ、それは・・・・・
色々と問いただしたい気がするが、話がややこしくなるだけなのでやめておこう。
俺は苦笑いを浮かべて、早口で秋葉に話した。
「お、おう気をつけるよ。じゃあ俺は用があるから!」
これ以上の長居は無用だ!
俺は秋葉にシュタッと手を上げて、近くの階段を上ろうと方向を定める。
長年培った俊足と鍛え上げられた(と自分で思っている)足腰をバネにして踏ん張りをかける。
すると無情にも襟首を後ろからぐいっと引っ張られ、俺は思いっきりのけぞった。
「ぐおわっ!?げほ、げほ・・・!?」
いい感じに喉が締まり、俺は思いっきりむせる。
滲み出る小さな粒の涙とむせ返る呼吸を懸命に抑えて、俺は絞めた犯人を睥睨する。
「コラ、秋葉!!もうちょっとスピードを出していたら死んでたぞ!!」
「兄さんが話の途中でさっさといこうとするから悪いんです」
俺の苦情を平然と受け流して、秋葉は首元を抑えている俺を見下ろした。
たまに思うのだが、兄である俺の方が立場が弱い気がするのは気のせいだろうか?
いい様に言われている自分が少し情けなくなり、違う意味でまた涙が出そうになる遠野志貴だった。
「ごほ、ごほ・・・・まったく・・・・
それで話って何だ、秋葉」
呼吸を整えて俺が尋ねると、秋葉はどうしたのか急にしおらしくなり細々と言葉を紡いだ。
「は、はい・・・あの、実は・・・・・
に、兄さんはもう昼食をお取りになりましたか?」
秋葉は不安と緊張を表情に出して、真摯な瞳で俺を見つめる。
あ、秋葉の奴、一体どうしたというのだろうか・・・?
先程までの堂々とした態度が一変して、まるで幼い頃の妹の姿を彷彿させる仕草を見せてくる。
一応昼食はシエル先輩のお弁当、さらにアルクェイドとの食堂でのランチタイムが待っているのだが、
秋葉の様子を見ていると遠野志貴が現在の昼食状況を真実を話す事は、
自分の妹をがっかりさせてしまうのではないかと心で警鐘を鳴らしている。
俺は頭の中で数秒あれこれ悩んだ末、自分の腹具合よりも妹を優先することにした。
「い、いやまだ食べてない。これからちょっと用があるから、その後に食べるつもりだ」
用がありすぎて今困っているのだが、さすがにそんな事は口が裂けても言えない。
内心で手をついてシエル先輩やアルクェイドに謝りながら、俺は努めて平静にそう述べた。
すると秋葉はほっとした様子で、おずおずと話の続きを口にする。
「そうでしたか、それはよかったです。
実は、その・・・・こ、琥珀がお弁当を作りましたので、兄さんも一緒にいかがですか?」
「え?琥珀さん、俺や秋葉の分のお弁当を作ってくれていたのか?」
初耳だったので俺が尋ねると、何故かやや焦った口調で秋葉は畳みかけるように返答する。
「え、ええ。兄さんは知らなかったかもしれませんが、今日は琥珀が作ってくれていたんです」
「俺には何も言ってなかったけどな・・・・」
作ってくれていたのなら、琥珀さんも話してくれてもよかったのに・・・
だったらここまでややこしくはならなかったかもと、ありえもしない事に憤る俺だった。
「兄さんは常日頃から朝が遅いからです。
私に予め全てを知らせていた方が効率がいいのは琥珀も既に認識しています」
そ、そこまで言うか・・・・・・
俺だって翡翠にいつも迷惑をかけたくないから、少しでも早く起きようとは努力しているぞ!
まあ、じゃあ成果を見せてみろと言われると困ったりするのだが。
・・・・自分でも情けないほど反論ができなかった。
これ以上つっこまれると自分の立場を悪くするだけなので、俺は速やかに承諾する事にした。
「と、とにかくせっかく琥珀さんが作ってくれたんだ。ありがたくご馳走になろう」
「初めからそう言えばいいのに。兄さんの我がままにはいつも困ります」
秋葉は何やら拗ねた顔で、俺を横目で見る。
う、うるさいな・・・・大体いつも我侭を言うのはお前だろう。
「あのなあ、お前・・・・・・・って、待てよ?
じゃあひょっとして、お前は今まで昼食も食べずに俺をずっと探していたのか?」
俺が問うと、秋葉ははっと頬を染めて視線をそらした。
やっぱり・・・・・・・
俺がシエル先輩やアルクェイド達と話している間中、秋葉はずっと俺を探していたのだ。
時間的に教室にはいなかったので、ずいぶん校舎内を歩かせてしまった事になる・・・・・・
俺は嬉しさと恥ずかしさで顔が緩むのを何とか堪えて、秋葉の髪をそっと撫でた。
「あっ!?に、兄さん・・・・」
「・・・悪かったな、秋葉。随分と探させてしまったのに文句ばかり言ってしまった」
秋葉は俺の手のひらの感触に気持ち良さそうにしながら、上目遣いに俺を見つめる。
「・・・兄さんの言葉の悪さにはもう慣れました。
あの人の影響をこれ以上受けない事を祈るしかないですね」
どこか楽しそうに、秋葉はそう言った。
あの人と言われて該当する人物は、俺の中ではたった一人しかいない。
今だになぜ友人関係を続けているのか最大の謎とするその男は、
今ごろ食堂でアルクェイドと積極的に話しているころだろう・・・・・って、
し、しまった!?時間が!?
俺は慌てて秋葉から手を離して、近くの教室の時計で現在時刻を確認する。
や、やばい・・・・・洒落にならないほど時間が進んでいる・・・・
「秋葉、悪いけど俺はちょっと用があるから行って来る!」
「そういえば先程緊急の用があるとか言ってましたね。
何か大変な事でも起きたのですか、兄さん?」
引っ越して・・・いや、家に再び帰って以来、俺の身の回りで常識を超えた事件ばかり起きてきたせいか、
どうも秋葉は緊急事態に結びつける悪い癖があるようだ。
まあ、心配ばかりかけてきた俺も悪いのだが。
「いいや、私用だ。切羽詰っているといえばいるが、お前が心配する程じゃない。
すぐに終わらせてそっちへ向かうから、どこかで待ち合わせをするか」
既に先客を待たせている身なのに、こんなに無責任に約束事を増やしていいのだろうか?
秋葉の気持ちは嬉しいとはいえ、俺はどんどん泥沼にはまっている気がする。
「そうですね・・・・中庭でどうですか?
あそこでしたら天気もいいですし、人通りも少ないのでのんびり食べられます」
・・・アルクェイドをあそこで待たしておかなくて正解だった・・・・・・
食堂で食べる事にした自分自身の機転に自分で褒めながら、俺は快く承諾する。
「分かった、昼休みも無限にあるわけじゃないからなるべく早く向かう事にするよ。
すまないけど、少しの間だけ待っていてくれ」
「分かりました。できるだけ早く来て下さいね、兄さん」
きちんと念押ししながら、秋葉は嬉しそうに微笑んだ。
そんな秋葉に苦笑つつ承諾の返事をして、俺は早速シエル先輩の所へ向かうことにした。
「それじゃあまた後でな、秋葉。俺がいないからって、先にがっつくんじゃないぞ」
「兄さんじゃあるまいしそんな事はしません!!」
秋葉の怒鳴り声を背に、俺は颯爽と階段を上っていった。
シエル先輩もずいぶん待たせてしまったな・・・・・・・・
申し訳ない気持ちと後ろめいた罪悪感に胸の奥をちくちくと傷めつつ、俺は茶室へと足を運んだ。
<その10>に続く
--------------------------------------------------------------------------------